ポメラ
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「ポメラ日記15日目(移動しながらものを書くこと)」

kazuma(管理人)
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読書好きにはいい副業、ネット古本屋「一馬書房」

・一昨日は一馬書房で本が売れたので、郵便局に梱包して本を持って行った。売れた本はTwitterなどで話題になっていた本で、やはりそういうもので宣伝されると商品は動きやすいなと思う。

最近は時々、本を買ってくださるひとが増えていて、週末にちょこちょこ買って貰えたりするので嬉しい。利益が出る、というほどではないんだけど、お小遣いくらいにはなっている。

僕としてはいまはライターの分でやっていこうかなと思っているので、読書に使う書籍代だけでも回収できれば十分と思って運営を続けている。読んだ本の感想なども書けるので僕にとってはいい副業だ。ぼちぼち更新しているので遊びにきてね。

郵便局の帰り道にビル街のベンチでポメラを打つ

・郵便局に行った帰りに、ビル街の近くを通ったので少し寄ってみた。夜でもバックライトがあるので、文章は打ちやすい。陽が沈んでからの方が気温も落ち着いて外でも打てるなという感じはある。これから秋になってくるので、環境的にもラクになってくるだろう。

(※こんなところでタイピングしてるのは僕だけでした。夜の路上でひとり、ポメラ活動にいそしむ)

ブログ記事は個人的な感傷や納得よりもコンテンツの方がいい

・日記などをnoteに綴っていて様子を見ていたんだけど、個人的な感傷や納得したことを書くよりも、記事のコンテンツで面白がって貰った方がいいんじゃないかと思った。

僕自身には人間的な魅力は芥子粒ほどもないし、それだったら他のもの書きの役立つような創作関係のことを綴ったり、読みに来たひとのちょっとした暇つぶしにでもなるような文章を書いていた方がまだましかなと思った。

ブログなどで書きにくいもの、どこにも行き場のない思いは小説の中で表現すればいい。と言いつつ、時々は書いてしまうけれど(今回もやっぱり少し書いてます)

移動しながらものを書くことについて

・場所を移動して夜の公園に来た。周りが気になれば移動できるのは楽だ。作家さん(確か円城塔さんのインタビューだったと思う)が、小説は喫茶店を移動しながら書く、ということを仰っていた。

同じ喫茶店に居続けると顔を覚えられたりして、居心地がわるくなるので、書きながら何軒もはしごするのだそうだ。乗代雄介さんも「旅する練習」という作品を書いたときに、(サッカーの)リフティングをしながら文章を書く、ということを話されていたと思う。

僕はずっと文章は家で書くものだと思っていたから、小説を書き続けた十年間は、ほとんど机の前で執筆していた。それが当たり前のことだと思っていた。

でも、家の中で書いていると外の空気は分からない。街中を歩くだけで色んなひととすれ違う。部屋から出なかったら見なかった景色だ。こういう場所でしか書けないものがあるんじゃないかと僕は思う。

宮沢賢治もいつでも文章が書けるように首からノートをぶら下げていて、鉛筆を携帯していたという。もし宮沢賢治が家に居続けたままだったとしたら、あんな文章は書けなかったのではないか。

自然の中でものを書くということ。「本を書く」を書いたアニー・ディラードも書くことの周囲にあるものを敏感に嗅ぎ取っていた。

夜の公園はひとの目も少なくて、僕みたいな変わり者のもの書きにはおあつらえ向きだ。

タイピングしている間は目の前がスクリーンだけになる。そんな瞬間が一番好きだ。僕は今日もポメラを持ち歩く。

『サマータイムレンダ』の著者コメントが腑に落ちた話

・この間、『サマータイムレンダ』という漫画を読む機会があった。内容もループもののサスペンスSFで僕はかなり好きな部類の作品。

その話と直接関係はないのだけど、見開きの袖に著者(漫画家・田中靖規)のコメントが書いてあった。この著者は生粋のゲーマーで、漫画を描きながらゲーム実況を流したり、家に帰ったら好きなタイトルをやり込んだりしているようなのだけど、そういう楽しみがあるから、この世界は生きるに値する、という主旨のことが書かれてあった。

そのコメントを読んだとき妙に納得してしまった。

生きる理由とか、意味とかを考え出すと、きりがない。その答えを探すことに一生懸命になって、問いのなかに絡め取られてしまう。目の前に人生はあるのに。

生きる理由や意味を探し始めると問いの中に絡め取られる

ある出来事Aが起こるためには、その前に出来事Bがなければならず、出来事Bが起こるにはCが……、そういう風に原因の根を辿っていくと、どこかで自分ではどうにもならないものに巻き込まれていることに気が付く。

生まれとか、育ちの環境、親だとか、子どもの頃のトラウマ、他人にひどく傷つけられた記憶。

そういうものは、はっきり言ってどうにもならないものだ。そのひとの行いがいいとかわるいとかに関係なく、ただその状況の中に投げ込まれてしまう。

過去の善悪を自分で判断しはじめると、たぶんそのひとは段々と二元論に追い込まれていって、最終的にわるいのはすべて自分をこういう状況に追い込んだ周囲の人間たちだ、ということになってくる。

自分を肯定するものと否定するもの、それしかないように見えてしまう。

でもやはり自分をこういう状況に追い込んだ彼らも自分の意思で人生を選んだのか、と考えるとどうにも後味のわるいものが残る。簡単な脱出方法はない。

書くことがある。生きる理由はそれだけで十分だった。

たぶんどこかで吹っ切れる必要があるのだと思う。僕はそういう地点まで自分が追い込まれたと感じたとき、この苦しみは誰にもわからないだろうなと思った。

自分が生きようが死のうが、このひとたちはずっと僕のことを傷つけてくるだろう。何も理解しやしないだろう。僕はもう誰にも分かって貰う必要などないんだと理屈抜きに思った。

いちいちどういう風に苦しんだかとかそんなやつらに説明なんてしなくていいんだと思った。その代わりに小説を書いてやろうと思った。

二十の頃の僕には生きる理由が必要だったけれど、いまではもうその理由も探さなくなった。

理由なんかなくても、人間は勝手に生きてしまうし、勝手に死んでしまう。

年を取ったら気にならなくなるよ、と僕は周囲のひとに言われていた。その時は意味がわからなかったんだけど、僕ももう三十路に入るので、なんとなく以前よりも周囲を気にすることが減ってきた。

心配なんてしなくても、自分はいつか跡形もなくこの世からいなくなる。そう考えると胸がすっとする。中原中也の詩にそんなことを詠んだものがあった。

僕は卓子の上に、
ペンとインキと原稿紙のほか
なんにも載せないで、
毎日々々、いつまでもジツとしてゐた。
いや、そのほかにマッチと煙草と、
吸い取り紙くらゐは載つかてゐた。
いや、時とするとビールを持つて来て、
飲んでゐることもあつた。
戸外では蝉がミンミン鳴いた。
風は岩にあたつて、
ひんやりしたのが
よく吹込んだ。
思ひなく、日なく月なく
時は過ぎ、
とある朝、僕は死んでゐた。
卓子に載つかつてゐたわづかの品は、
やがて女中によつて瞬く間に片附けられた。
──さつぱりとした。さつぱりとした。

中原中也「夏(僕は卓子の上に)」より引用。

最初から脇目も振らずに好きなものの方へ走っていけばよかったのだ。寄り道なんかせずにただ表現していればよかったのだ。書きたいものがある。生きる理由はそれだけで十分じゃなかったか。

2022/09/10 12:54

kazuma

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