カテゴリー
一馬日報(手記)

『ただいま、と言えたら』

(『一馬日報』このカテゴリ記事は日々の考えをまとめる『日報』になります。kazumaの走り書きの手記となります。)

こんにちは、kazumaです。そう話すのも久しぶりのことですね。ほぼ丸一年間、ネット上から姿を消しておりました。ひたすら職場とアパートと一馬書房のある実家を、往復しながら暮らしていました。

机の前でぐるぐると考える日々が続きました。繁華街の駅から職場に向かう電車に揺られながら、これでよかったのか、と鏡に向かうように問いかけました。何もない道端の往来で、突然歩くことを止めたくなったときがありました。

アルバイトの安月給で借りたアパートに戻っても、ただいま、と言うこともなく、ベッドの棚に積んだサリンジャーや、カポーティや芥川の全集を拾い上げては、読みました。答えの分からぬまま、夜が無限に更けていきました。大学の頃、白いアパートの壁を穴の開くほど見つめていたことがありますが、僕はまた同じところに行き着いたんだなと思います。スーパーの特売で買った冷蔵庫のアイスコーヒーと棚に買い置きした袋入りのエナジーバーばかりが減っていきました。

『架空線は相変わらず鋭い火花を放っていた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかった。が、この紫色の火花だけは、――凄まじい空中の火花だけは命と取り換えてもつかまえたかった』

(或阿呆の一生・八・『火花』)

一年前にネットから去ったとき、オンライン上だけではなくすべての人間関係が煩わしく感じられて、誰に対しても距離を置くようになりました。職場のひとと血縁の家族以外に寄る辺はありません。そんな隠遁生活を送って今日も暮らしています。

ひとりぼっちで寂しくないか、と聞かれて、いや、と答えたら嘘になりますが、もの書きは基本的に嘘つきなので、人前では、いや、と言います。そういうものです。

いまでは隠遁生活もすっかり板に付いて、音楽を聴きながら、ひとりぼんやりと椅子に座って、手帳に考えごとを書き付けているときに、なんともいえぬ気持ちになります。十八時を告げる寺の鐘が鳴り、近所のスーパーへと出かけていきます。

路上では、若い二十代くらいの夫婦が賑やかな会話を交わしながら高級外食店のドアをくぐっていきました。十字路の一軒家の前で黄色い帽子を被った小学生が、祖母らしきひとにむかって手を振っています。行ってきます、のひとことも言えずに明かりの消えたアパートを後にした数分前の自分を、僕は何故かそのときに思い出しました。がらんどうの街で暮らしている気がしました。

僕は昔、作家になろうとしていた人間でした。二十になる前にペンを取り、就職活動を早々と降りて非正規の野に下り、大学ノートに綴り続けて八年経っても何者にもなれなかった人間です。ここに来るまでに沢山のものを捨てたり、諦めたり、取りこぼしたりしました。作家になればすべてが変わるのだ、と無邪気に信じていた時期もありましたが、そんなものはどう考えたって幻想に過ぎないのだといまは思っています。賞を取ろうが取らなかろうが、僕は僕だし、もの書きはもの書きです。何も変わりません。同じ人間です、おそらく。

僕が大学ノートに青いインクの染みとよく分からない言葉の羅列を作り続けている間に、同い年のかつての友人たちは正社員として真っ当な社会生活を送り、結婚をして、家庭を築いて暮らしています。正直なところ、僕は彼らに合わす顔もないので、次第に疎遠になっていきました。その上、ひとには簡単には話すことの出来ない事情をいくつか抱えて生きてきたので、道端でかつて見知ったひとと出会っても、僕は挨拶することはありません。

素直にただいま、と言えたらよかったなと思います。そんな関係を知らずに今日まで歩いてきました。僕がかつて信じていたのは本の中の世界だけでした。僕がはじめてペンを取ったのは、周囲にいる誰の言葉も信じることができなかったからです。何を言っても信じて貰えず、受け止めて貰えることもなく、欠けているものが与えられることもない。それがこの世界なんだと、僕は病棟の中にいた二十の頃に分かっていたと思います。周りの人間の言葉よりも、自分の掠れかかったボールペンのインクの方を信じていました。いまでも、そのときの強く握る癖が抜けないでいます。

一生かかってもプロの作家にはなれなかったとしても、僕は一度握ったペンを離す気にはとてもなれません。そんなことはどうでもいいから、僕は世のホールデン・コールフィールドやホリー・ゴライトリーに向かって話がしたかったのかもしれません。この家にも、この学校にも、この病院にも、この街にも、この職場にも、この社会にも、この世にも、どこにも居場所を見つけられなかったアウトサイダーたちに向かって、すべてを終わりにする前に、何か言っておかなければいけないことがあるような気がして。

僕がものを書くのは、プロの作家になるためではありません。まだ会ったこともない彼らに向かって、伝えたいことがあると思うからです。それを伝える言葉を見つけるために、たとえ何年、何十年と時間が掛かっても、僕はいいと思っています。そのためになら、この世の端をひとりで渡って歩いて行くのもいいかなと思います。かつて帰る場所のなかった僕に、それを与えてくれた言葉があったように。

えーと、遅くなりましたが、ただいま。

kazuma

カテゴリー
広報(アナウンス・告知)

kazuma words.について

はじめに

このブログは、もの書きkazumaの文芸記録(ログ)です。

主にもの書きにまつわるトピック(執筆、読書、考察、公募、電子出版、etc.)について語ります。管理人からの自由な情報発信の場として、このブログを用意しました。小説に関するフリートークのように楽しんでいただければ幸いです。

kazuma words.はkazumaのオンライン文芸活動の拠点となります。

日々の執筆活動のご報告、電子出版(KDP)の新刊情報、Twitterや一馬書房の情報も含め、すべての文筆活動(All writing works)をご紹介。今回は期限を切らず、無期限に更新予定。

また、当サイトにお越しくださった、もの書きの皆さんとの意見交換の場です。

記事の執筆はモノローグですが、訪問してくださる方との交流を通して、徐々にダイアローグへと変わっていけばいいなと思います。

コメント欄につきましては、訪れたもの書きの方が記入できるように設置しております。文芸を志す方、管理人とコンタクトを取りたい方は、どなたでも。

(※コメントは管理人の承認制です。また、荒らし対策のため、メールアドレスのご記入をお願いしております)

それでは、これから小説の話をしましょう。
ここでお会いできることを楽しみにしております。
ともに読み、ともに書き、ともに考えるブログ。

kazumawords.com

二〇二〇年 如月

kazuma

カテゴリー
文芸活動記録

『ライ麦畑のホールデンを探して』

伝えたいことがあって、戻ってきた。あれから僕はずっとものを書いて暮らした。

何一つ確からしいことは言えないまま、時間だけが過ぎた。初めてペンを握ってから、八年の歳月が経った。その頃に信じていたのは、大学ノートに書き綴られていくボールペンの黒い文字の跡だけだった。僕はそのペンの跡をなぞって、追いかけ続けたが、言葉はまるでつかまえられなかった。

現実の中に立っている僕は、いつもものが言えなかった。お前に口は付いているか、と小さい頃によくからかわれたことがある。言いたいことを、言いたいように言える、かつての友人達が羨ましかった。僕はあまり一般的と呼べる育ち方はしていない。これまでの経歴を並べてみても、ひどいものだ。言いたいことは隠し続けて生きた。僕には段々と言いたかったことが見えなくなった。ひととの関わり方が分からなくなった。気がついたときには、大人と呼ばれる年齢になって、社会の底に放り込まれた。

僕が惹かれていたのは、いつまでもライ麦畑で立ち尽くしているホールデン・コールフィールドだったり(彼のポケットにはまだきっと妹のために買った割れたレコードの欠片が残っているだろう)、自分の居場所が街中にまるで見つからないホリー・ゴライトリー(彼女の玄関の札は『旅行中』のままだ)だったり、あるいはバナナフィッシュの浜辺で、シビルにさよならを言ったシーモア・グラス(何一つ別れの理由を明かさないまま、オルトギース自動拳銃の引き金を静かに引いた)のことで頭が一杯だった。

八年前の十二月、僕の手元に残されていたものは、安っぽい黒のボールペン、書きかけの大学ノート、数冊の文庫本、それだけだった。他のすべてのものは、皆、僕の前から去って行くか、あるいは、僕の方から背を向けて去ったか、そのどちらかだった。

なぜ、ものを書き始めたかと言われたら、僕にはそれしか残されていなかったから、としか答えようがない。白い机の上に転がっていたボールペンをひっつかんで、大学ノートにぐりぐりと文字を書き殴っていったら、いつの間にか頁が終わっていた。それが最初の物語だった。

僕はその日、誰も居ない部屋で横たわった。扉から出ることも入ることも出来なかった。いまでも、その部屋から一歩も出てはいないんじゃないかと感じることがある。そのときからうまく眠りに就くことができなくなった。

言葉の他には何にも信じていなかった。何にも信じないことを信じることが、自分の身を守る唯一の方法だった。そうでなければ、僕は多分、いまとは全く違う人生を送っていただろう。もしかしたら小説なんて一文字も書かない人生があったかもしれない。

たったひとつ、言いたいことを言うために、随分と遠回りをした。これはただの昔話だ。

あれから僕はホールデン・コールフィールドのあとを追った。赤い鹿撃ち帽を被り、並んで回転木馬を眺めていると雨が降ってきた。アパルトマンの一室を留守にしてばかりのホリーと、病める文学青年と一緒に、街の中でいなくなった海賊猫を探した。猫は結局見つからなくて、いまでも僕はまだそいつを探している。バナナフィッシュの浜辺に残されたシーモアとシビルの足跡を辿った。彼がどうして引き金を引かなくちゃならなかったのかを考えた。

僕がものを読むのは誰かの元に辿り着きたかったからかもしれないと思う。すべてのひとが遠ざかっていくように見えていた。目の前にひとが居ても、そのひとと分かり合う方法があるようにはとても思われなかった。常に見えない壁があった。差し伸べられた手を掴めなかった。だから代わりに僕は、手元にある文庫本を掴んでいた。もういなくなった人間の書いた文章を辿っていった。虚構の言葉の手なら、僕は安心して掴むことができた。書かれた言葉の向こうでなら、ひとに触れられるように思えた。嘘の中でなら、ほんとうのことが言える気がした。

僕は縦に並んだ文字の羅列や、滲んだ青いインクの染みを通して、その奥にいる人間のことをほんとうに少しずつ(おそるおそる)信じるようになった。一文字一文字を辿っていくと、ホールデン・コールフィールドが立ち現れて僕の肩をつかまえた。崖から落ちていくのはまだ早いと、彼は僕の代わりに言いたいことを何でも言ってくれているように思えた。世の中なんて皆インチキで回ってる、と彼は喚いた。でもそこにいたような連中のことでさえ、後で振り返って見ればすべてが懐かしくなるものなんだ。そんな言い回しを聴いているのは、何故かひどく心地よかった。それから、ホールデンを生み出したサリンジャーの人生を辿った。本を読む度に、信じられる言葉がぽつりぽつりと雨垂れのように見つかった。気がついたらそれは自分の目蓋から落ちた泪だった。もちろん、相変わらず現実の方では打ちのめされっぱなしではあったけれど、本を開けば、味方は沢山いた。いま現実に悩んでいることについて、それよりも遙か昔に苦しみ、深く傷付き、その疵痕を書き残していった生身の人間がいたということが、僕には嬉しかった。大げさな言い方をすれば、そんな文章を読んでいる間は、救われるような気さえした。ひとりぼっちではなかったのだと、自分だけが苦しんでいた訳ではなかったのだと。

だから僕に書き残せる文章があるとすれば、僕と似たようなことで苦しんだひとに伝わるような物語が書きたかった。誰からも好かれるようなストーリーや、読んだ多くのひとを惹きつけるような物語は決して書くことはできない。指で数えられるぐらいのひとのためにしか、僕はものが書けないだろう。それでいいと思っている。大きな物語がひとを助けることが出来るとは僕は思っていない。そこから零れていったひとたちのことを、僕はまだ覚えている。

プロになれるとか、なれないとか、そんなことが問題ではなかったと思う。ものを書き続ける限り、そのひとがもの書きである証明はそれで十分だ。それでご飯が食べられる作家と、そうでない作家がいるだけだ。

僕はただ書き続けたかった。この世にはきっと沢山のホールデン・コールフィールドがいる。何処にも落ち着く場所を見つけられないで往来で沈み込んでしまうホリー・ゴライトリーや、いま正に右のこめかみに拳銃を当てて、撃鉄を静かに起こそうとしているシーモア・グラスがいるかもしれない。いや、僕は彼らがいると思っている。ほんとうにいる、と思っている。

そういうひとたちに向かって、ひと言でも伝えられることがあるのなら、僕は青いインクが掠れてなくなるまで、話がしたいと思っている。物語を通して、夜通し語り合いたいと思っている。現実の僕は口下手で、ものひとつまともに言うことはできないが、虚構の紙の上でなら、万年筆の先を滑らせて、言葉をタイプし続けることはできるから。

この世の何にも信じられずに生きていた十九の頃の自分に、手を差し伸べてくれた青い言葉があったように。僕も同じような言葉が言えるようになりたいと、それだけを信じてペンを掴んだ。僕が離さないでいられたのは、ただそれだけだった。他のものはみんな、つかまえられなかった。

これからここに書き残していくのは、そのひとことをきちんと届けられるようになるまでの試行錯誤の日々だ。綺麗に編集し、校正によって整えられた小説ではなくて、言うなればバディ・グラスがグラス家を映したホーム・ムービーのような個人的な散文の記録だ。しょうもないことでどじったり、しくじったり、ヘマをやってばかりいる僕自身の文芸生活を、書き留めておこうと思う。何かの役に立つかもしれないし、そうではないかもしれない。でも、そんなことはどうだっていい。

僕はただもう一度、小説の話がしたかった。

ひとりぼっちのホールデン・コールフィールドのために。

2020.02.02

kazuma