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「若き日の芥川龍之介が訳した、W・B・イェイツ『春の心臓』を読む。」

kazuma(管理人)
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図書館で見つけた珍しいアンソロジー本『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』

こんにちは、もの書きのkazumaです。今回取り上げるのは、ウィリアム・バトラー・イェイツの『春の心臓』という作品です。

この作品に興味を持ったのは、郊外の図書館を訪れたときに、芥川に関わる珍しい作品集を見つけたからでした。

『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』という本で、この本は芥川龍之介が英文学の教師として活動していた頃に編纂された本が元になっています。

芥川は元々、英文学科の出身で、当時から洋書を原文で親しんでいたことで有名です。移動中にも欠かさず本を持ち歩き、菊池寛と旅行に出かけた際には車内で読むために分厚い洋書を五、六冊持ち込んで、一晩で読み終えてしまったという逸話があります。

それでも足りずに滞在先で谷崎潤一郎から本を借りて読むほどで、洋書でも一日に千数百ページを読むことができたと言われています。

この本の元になったものは、芥川龍之介が旧制高校の生徒たちのために編んだ英語読本で、全8巻からなり、芥川龍之介が選んだ全51編の小説・戯曲・エッセイが収められているものです。

すべて文学にまつわるもので、いまはない出版社の興文社から発刊されていました。

長らく注目されていませんでしたが、これを芥川研究家であり作家の澤西祐典さんと、翻訳者として有名な柴田元幸さんが組んで、アンソロジー本としたのが、この『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』になります。

https://kazumawords.com/library-akutagawa-fantastique/

若き日の芥川龍之介が翻訳した海外小説がある?

気になる作品をいくつか絞って読んでいこうとしたときに目を引いたのは、巻末に掲載されていた作品でした。

アイルランドの作家であるウィリアム・バトラー・イェイツの短編が載せられており、その文章を訳したのは芥川本人であることが記されていました。

僕は芥川龍之介が翻訳した作品というのは一度も読んだことがなかったので興味を惹かれました。

どうも二十四歳というかなり若い頃に訳された作品で、芥川が最初に手がけていたのは小説ではなく、翻訳であったということが簡潔に書かれています。

今週はこの芥川龍之介の「怪異・幻想文学譚」の単行本を持ち歩いていて、イェイツの『春の心臓』を芥川訳で繰り返し読みました。

芥川には怪異趣味があって、河童などのモチーフを好んだことは有名な話です。

友人へ宛てた手紙のなかで、河童の絵を描いて送ったというエピソードもあります。

このイェイツの『春の心臓』もケルトの伝説を下敷きにしたもので、魔術師の老人が話の中心になり、こびとや妖精などが現れる話です。

イェイツは魔術的な傾向を作品のなかに持ち込んでおり、薔薇や百合、秦皮(とねりこ)の杖といったモチーフをちりばめています。

通常、こういったものを作品のなかに持ち込むと異物感があったり、魔術的な教えを伝えるための教条的なものになりがちですが、イェイツのこの作品では絶妙にバランスが取れていて、美しい幻想的な風景を生み出しています。

この作品をわざわざ初期の頃に芥川が訳していたというのであれば、本人にもそれなりの思い入れがあったのではないかと僕は思っています。

実際、この作品の翻訳を何度も試みていたようで、本に載っている文章を読むと、芥川の精緻な言語センスが垣間見える翻訳になっています。

しかも、それだけではなく、どうも初期の芥川の思想に影響を与えたのではないかと思える一文を見つけたので、僕としてはこの箇所がどうも引っかかっていました。

では、実際に作品を読み解いてみましょう。

芥川が訳した、イェイツの『春の心臓』を読み解く

冒頭は、ある老人が湖畔の岸で瞑想に耽っているシーンからはじまります。

この老人というのは実は魔術師で、老いてもなお生命の秘密を探ろうと試みている人物です。この魔術師は既に老いてしまっているため、その生活を助けるために十七歳の若い少年が仕えています。

舞台はかつて焼き払われた修道院で、老人が魔術の研究に没頭できるよう、少年は屋根を拭き、重い本や荷物があれば老人の代わりに取って運び、かいがいしく世話を焼きます。

五年間にわたって少年はこの老魔術師に仕えたわけですが、ついに老魔術師の願いであった永遠の生命を手に入れられる刻が来た、と老魔術師は仕えていた少年に向かって告げます。

しかし、この献身的な少年は魔術によって生み出されるものを怖れていました。老魔術師に仕える中で庭でこびとに出くわしたり、ニンフのような美しい女性の妖精に出会ったりするのですが、やっぱり少年は異質な気配を感じ取って、そんな言葉を聞いても気が咎めるわけです。

魔術師は最後の仕事が終わったら、少年にここから離れるように言い、自分の小屋を建てて、畑を耕し、妻を迎えて、こんな神々の世界のことはすべて忘れてしまうがいいと言います。

また魔術師が伯爵や騎士から呪詛を守ったことで貰った金貨や銀貨はすべてお前にやると話します。

魔術師は既に願いが成就することを確信しており、少年に向かって、なぜ自分が魔術に生涯を捧げて、生命の秘密を探ろうとしたのか、その「わけ」を話します。

ここのくだりが、まるで告白調のようで僕が好きなシーンなのですが、ちょっと抜粋してみましょう。

 「(前略)己は、己の全生涯を通じて、生命の秘密を見出だそうとしたのだ。己は己の若い日を幸福に暮らさなかった。それは己が老年の来ると云うことを知っていたからであった。この様にして己は青年と壮年と老年とを通じて此の大いなる秘密を求むる為に一身を捧げたのだ。己は数世紀に亘るべき悠久なる生命にあくがれて、八十春秋に完る人生を侮蔑したのだ。己は此国の古の神々の如くになろうと思った。――いや己は今もなろうと思っている。己は若いときに己が西班牙(スペイン)の修道院で発見した希伯来(ヘブライ)の文章を読んで、こう云うことを知った。太陽が白羊宮に入った後、獅子宮を過ぎる前に、不死の力の歌を以て振動する一瞬間がある。そして誰でも此瞬間を見出して、其歌に耳を傾けたものは必(かならず)不死の力とひとしくなる事ができる。己は愛蘭土(アイルランド)にかえってから多くの妖精使いと牛医とに此瞬刻が何時であるかと云う事を尋ねた。彼らは皆之を聞いていた。けれども砂時計の上に其瞬刻を見出し得る者も一人もなかった。其故に己は一身を魔術に捧げて、神々と妖精との扶けを得んがために生涯を断食と戒行とに費やした。そして今や妖精の一人はついに其瞬刻の来らんとしている事を己に告げてくれた。(後略)」

『芥川龍之介選 英米・怪異幻想譚』澤西祐典・柴田元幸編訳、よりW・B・イェーツ『春の心臓』芥川龍之介訳、p.366より引用 岩波書店(2018刊)

魔術師のこの告白からはいくつかのことが読み取れます。魔術師はたかだか八十歳ほどで終わってしまう人間の生涯をよしとしなかった。そのために若い頃も、壮年になってからも、老人になってからも幸福に暮らしたことがない。

それもすべてはこの永遠の生命を求めたからで、自らの生涯と引き換えに古代のケルト伝説に現れるような神々と等しくなろうとしていた。

人間が神と等しくなろうとするのはオカルティックな思想ではよく見られるもので、イェイツは、ヘレナ・ブラヴァツキーの『神智学教会』や魔術結社の『黄金の夜明け団』に出入りしていた作家だから、『太陽が白羊宮に……』うんたらかんたらは、おそらくこの辺りで蓄えた思想を作品のなかに持ち込んでいるんだろうと思います。

芥川がイェイツの『春の心臓』を訳したのはなぜか?

僕はその思想周りのことはどうでもいいんですが、この文章についてはどうも芥川の生涯と重ねて読むことができるような気がします。

芥川のいくつかの作品を読んでいると、自分がいずれ近いうちに亡くなることを知っていて書いていたような文章に感じるんです。

この魔術師は、魔術というオカルティックなものにその生涯を捧げたわけだけど、これを文学と置き換えると、どこか芥川にも通ずるものがある。

芥川も八十春秋に終わる人生を望まなかったように僕には見えます。

あんまり作家の過去に立ち入ってまで書きたくはないんだけど、芥川は実母のフクに育てられず、養子に出された過去があります。

実母は精神に異常をきたしていまい、芥川は幼い頃に死別していて、この実母のように精神を蝕まれてしまわないかと怖れていたところがある。

自分の一生が長くは保たないと分かっていて、そういう身の上を案じ、まるで魔術師と同じように、現実の幸福よりも作品のなかに結実するものを追いかけていたように見えるんですね。

『或阿呆の一生』という作品のなかの第八章にはこんなことが記されています。

 すると目の前の架空線が一本、紫いろの火花を発していた。彼は妙に感動した。彼の上着のポケットは彼等の同人雑誌へ発表する彼の原稿を隠していた。彼は雨の中を歩きながら、もう一度後ろの架空線を見上げた。
 架空線は不相変(あいかわらず)鋭い火花を放っていた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかった。が、この紫色の火花だけは、――凄まじい空中の火花だけは命と取り換えてもつかまえたかった。

『芥川龍之介全集6(ちくま文庫)』・『或阿呆の一生』p.447-448より引用 1987刊

僕は芥川龍之介もまた、作品のなかに自らの思想や人生、考えたことをすべて作品のなかに注ぎ込むことで、自分の生涯よりも長く書物のなかで生きながらえようと考えたことがあったんじゃないかと思っています。

書物を人間の一生よりも上に置こうとしたのではないかと。

「人生は一行のボオドレエルにも若かない。」

『芥川龍之介全集6(ちくま文庫)』・『或阿呆の一生』p.442より引用 1987刊

火花というのはおそらくメタファーで、僕には魔術師が目指していた永遠の生命と同じようなものに思えます。

 「己は此国の古の神々の如くになろうと思った。――いや己は今もなろうと思っている。」

『芥川龍之介選 英米・怪異幻想譚』澤西祐典・柴田元幸編訳、よりW・B・イェーツ『春の心臓』芥川龍之介訳、p.366より引用 岩波書店(2018刊)

この一文のなかに若い頃の芥川の思想の一端が見て取れるように思うのです。というのも、遺書のなかではっきりこう書いているからです。

「僕はエムペドクレスの伝を読み、みづから神としたい欲望の如何に古いものかを感じた。僕の手記は意識してゐるかぎり、みづから神としないものである。いや、みづから大凡下の一人としてゐるものである。君はあの菩提の下に『エトナのエムペドクレス』を論じ合った二十年前を覚えてゐるであらう。僕はあの時代にはみづから神にしたい一人だった」

『或旧友へ送る手紙』より引用。

エトナのエンペドクレスというのは、歴史上はじめて自由意志による自殺を行った哲学者として知られています。

エトナ山の火口に飛び込んで投身自殺を行ったとされ、その理由は自らが神であることを証明するためだったという逸話が残っています。

芥川は人間が神と等しくなろうとすることは古い考え方だと最後には否定するわけですが、遺書を宛てた久米正雄と論じ合っていた二十年前、まだ学生であった頃の芥川は「みづから神としたい欲望」を持っていた、というように取れます。

すると、『春の心臓』のこの一文がぴたりと符号するわけです。訳していた芥川自身も、魔術師の生涯と自分の考えを重ね合わせて見ていたところがあったんじゃないでしょうか。

『春の心臓』のなかで、魔術師の願いは成就したようには見えず、最後に薔薇と百合を堅く胸に抱きながらつめたい死体となります。

しかしその朝は、魔術師が言ったようなすべての生命が芽吹くような朝で、少年は最後に老人の一生を悔やんでこのように話します。

「お師匠様は外のひとの様に、珠数の珠を算(かぞ)えたり、祈祷を唱えたりしていらっしゃればよかったのだ。そうする御心さえあれば、御自身の御行状や御一生の中に見出すことの出来たものを不死の力などの中に尋ねようとなすって徒な日々を御費しにならなければよかったのだ。そうだ。祈祷をなすったり、珠数に接吻をしていらっしゃればよかったのだ。」

『芥川龍之介選 英米・怪異幻想譚』澤西祐典・柴田元幸編訳、よりW・B・イェーツ『春の心臓』芥川龍之介訳、p.368より引用 岩波書店(2018刊)

最後の少年の嘆きの言葉は、反語のように響くものがあります。

結末は悲劇でありながらも、静謐な朝を迎え、死と隣り合わせにある美しさに包まれています。短編でここまでのことができるのかと、読む度に唖然とします。

あくまでもこれは芥川が書いた小説ではなく、イェイツの翻訳作品なので、僕が穿った見方をしているだけに過ぎないのかもしれませんが、芥川がこの作品を愛していたことは確かなようです。

最後に芥川の『春の心臓』へのコメントを引用して、この記事を締めたいと思います。

 「今日はYEATSのSECRET ROSEを買ってまゐり一日をCELTIC LEGEND(ケルトの伝説)のうす明りに費やし候」

「W.B.Yeatsには詩や論文以外にも、かふ云う愛すべき小品がある」

「五年以前の旧訳なれども、この種の小品を愛する事、今も昔に変わらざれば、再録して同好の士の一読を請はんとす」

『芥川龍之介選 英米・怪異幻想譚』澤西祐典・柴田元幸編訳、p362(扉頁)より引用

2022/12/07 21:49

kazuma

余談ですが、芥川の作品を手軽に読みたい場合はちくま文庫の全集で揃えるのがおすすめです。現代でも読みやすい文章で、主要な作品はほぼすべて押さえています。

単行本の全集ほど重苦しくなく、机の上に置いていつでも読むことができます。

これに加えて、遺書を含む書簡集を別のところから集めれば、芥川龍之介に関する資料を網羅できます。最初の全集にいかがでしょう。

noteでは「ポメラ日記」を継続して綴っています。僕の近況や動向はこちらに載せていこうと思います。よろしければお立ち寄りください。

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