書くこと
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小説のアイデアが浮かばないときに試したい、5つの方法

kazuma(管理人)
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 文章を書こうというときにアイデアが出てこなくて困った経験はないだろうか。

 僕はつい最近、こういう状態に陥って、アイデアを出すために必要なことをいくつか試してみた。

 文章を書く方法というのは、色んな面から語ることができるけれど、書きはじめるためにはアイデアがなくてはならない。

 ただの人を、もの書きにするのは「着想」なのだ。

 僕がnoteで連載している「ポメラ日記60日目」にも書いたように、「文章を思いつくのに都合のいい場所」というものがある。

ポメラ日記60日目「余白」から創作は生まれる
ポメラ日記60日目「余白」から創作は生まれる

 たとえば、昔の中国の学者・欧陽脩は「三上」というたとえ話を使って、「馬上・枕上・厠上」が、文章を思いつくためにいい場所(シチュエーション)だと言った。

 馬に乗って移動しているとき、枕の上で寝ているとき、厠で用を足しているときが、もっとも文章を思いつきやすいという話である。

 これは昔の話で、現代に置き換えてみたときに「どうすれば文章を思い付きやすくなるのか?」をちょっと考えてみたい。

 いま、僕の手元には、パトリシア・ハイスミスという作家が書いた「サスペンス小説の書き方」の本がある。

 今回はこの本を参考にしながら、「小説のアイデアを思いつくためのヒント」を探してみよう。

パトリシア・ハイスミス流、アイデアの見つけ方

 さて、あなたが文章や小説を書くというときに、どんなことを思い浮かべて書きはじめるだろう。

 パトリシア・ハイスミスは、「アイデアは作家に訪れるものであり、作家が探すものではない」と言う。

 ちょっと意味深な言い回しだが、ハイスミスの言う「アイデア」は、自分から意図的に「こんなアイデアが欲しい」と思って希望のものが得られるのではなく、「向こうから思いがけず、やってくるもの」というイメージがある。

 つまり、アイデアには「〇〇をすれば、こんなアイデアが得られますよ」という公式はないのだ。

 いくら時間を掛けたり、あらゆる手段を尽くしたとしても、必ずしもそれが素晴らしいアイデアに繋がるとは限らない。それが、アイデアの厄介な性質だ。

 何ともつかみどころのない「アイデア」だけれど、何も思い浮かばないからといって手をこまねいているわけにもいかない。

 僕らは現代社会に生きていて、どうしても創作に使える時間は限られてくるし、作家やライターなら締め切りもあるだろう。

 「サスペンス小説の書き方」の第一章「アイディアの芽」で、ハイスミスはこんなことを言っている。

 本を書くにあたって喜ばせるべき最初の人間は自分自身だ。一冊の本を書く間、自らを楽しませることができれば、出版社も読者も付いてこられるし、実際に付いてくるものである。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.18

 ハイスミスが書くのは、文庫で三百や四百ページはある長編小説だが、この「一冊の本」を「一本の記事」や「短編小説」に置き換えて読んでもいいかもしれない。

 僕はどんな文章を書くにしても、このハイスミスの文章を書くときの考え方は使えると思う。

 たとえば、このブログの記事は「自分にとって興味がある、面白いと感じる事柄=文学に関するトピック」だから書いている。

 その上で「もの書き暮らし」のブログを読みに来る読者の方と興味が一致しそうなテーマを選んで(もっと言うとリサーチして)書いたりする。

 ライティングにしても、短編小説の執筆にしても、ブログの文章でも退屈せずに書き切ることができるのは、まず自分が書きたいと思っているテーマで書くことが前提にある。

 作家自身の心が動かなかったり、面白いとも思えないアイデアでものを書いたとしても、やっぱりそれは読んでいる側にもちゃんと伝わってしまうのだ。

 本書の「序」の部分から引用しよう。

 ――まず作家が、次に読者が動き出す。芸術はいつでも、おもしろいことや、数分ないし数時間を費やす価値があると思えることを語って、読者の気を惹けるかどうかの問題なのである。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.8

 よく「読者のため」に書くと言う。もちろんできあがった作品や成果物は、最終的にはすべて「読者のため」のものだ。

 でもそれが出来上がるまでの創作の過程は、作家自身のためでもある。何を面白いと思うか、何に突き動かされて書くのかは、書き手によって違う。

 そして作家はアイデアを「選ぶ」ことはできない。作家にできるのは、アイデアがやってきたときに、それを見逃すか、受け容れるかのどちらかしかない。

 「これは語らずにはいられない」となったら、そのときに書きはじめればいい。

 作家自身が感動していない文章で、読んだ誰かが感動することはないのだから。

アイデアは生み出すものではなく、気付くもの

 アイデアというのは意図的に得られるものではなく、偶然の産物であることが多い。

 しかし、「完全にすべてのアイデアが偶然の産物か?」と言われると必ずしもそうとは言えないことに気が付く。

 ハイスミスはアイデアを鳥にたとえて、「目の端に鳥たちの姿を捉えるように、アイディアがやってくる」と言う。さらに「鳥たちを理解しようと思うかもしれないし、思わないかもしれません」と続ける。

 執筆のきっかけになる着想のことを、ハイスミスは「アイデアの芽」と呼んでいる。

 「鳥たちがやってくる=アイデアの芽が訪れる」のは偶然の出来事によるものかもしれないが、それに気が付くかどうかは、書き手自身の問題なのだ。

 重要なのは、それがやってきた時に気づけることだ。私が物語のアイディアに気づくのは、確かな興奮が即座にもたらされる時である。素敵な詩や詩行に感じる喜びと興奮によく似ている。プロットのアイディアと思えたものでも、興奮しない場合もある。すると成長することもなく、頭の中に留まりもしない。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.25

 つまり「いいアイデア」というのは、それを見つける作家自身にはっきりとした興奮や高揚感をもたらすものであると言える。

 そんなアイデアがいつ訪れるかは分からないが、それを逃さないためにはどのような工夫ができるだろう。

 では、ハイスミスがどのように執筆のアイデアをつかまえるのか、その方法を見ていこう。

 ここでは、僕の執筆経験と合わせて、5つの方法をご紹介する。

小説のアイデアが思い浮かばないときに試したい、5つの方法

①ノートを用意する

 「何だ、当たり前の話か」と思われるかもしれないが、ハイスミスは作家にノートを持つことを勧めている。

 作家にはノートを持つことを強くおすすめする。一日中仕事で外に出ているなら小さなノートを、家にいるゆとりがあるなら大きなノートを持つといい。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.30

 執筆にノートを使うことは当たり前のようで、実は現代では減ってきていることかもしれない。

 たとえば最新のノートPCやスマートフォンのメモ機能、ポメラや電子メモがいくら優れていると言ったって、どうしても起動には手間が掛かるし、充電も必要だ。

 最近の作家にはスマートフォンやタブレットだけで執筆した、という書き手もいるし、ノートがなければ書けないという話ではないけれど、特別な事情がなければ、素直にノートを一冊用意してみるといい。

 アナログの紙は一覧性に優れていて、アイデアを書き留めておくにはぴったりだ。

 僕は、ちょっとしたお出かけの際にも、「ロイヒトトゥルム」というA6のポケットサイズのハードカバーノートを鞄に忍ばせている。

 出先でアイデアを思いついたりするときに、何も書かれていない用紙があると鉛筆やボールペンで書き留めておいたりする。

 宮沢賢治は首から鉛筆を提げ、小さな手帳に書き留めていたという有名なエピソードがある。

 「思いついたら、どこでも書けるように準備しておく」のがアイデアをつかまえるためのポイントかもしれない。

 ノートを懐やカバンの中に忍ばせておくこと自体が、作家にとってのお守りになるのだ。

 ノートを持ち歩くことは、これから物語を書くのだという意識を作家のなかに持たせることにも繋がっている。

 たとえ三語か四語であっても、それが思考やアイディアやムードを喚起するならメモしておく価値がある。不作の時期には、ノートをざっと読み返すべきである。いくつかのアイディアが突然動き始めるかもしれない。ふたつのアイディアが結びつくかもしれない。もしかすると、そもそもそのふたつは結びつけられる定めだったかもしれないのである。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.30

②散歩に行く(旅に出る)

「いや、そもそもノートなんて用意しても書けないんですよ。だって仕事で疲れていて、アイデアなんて湧いてこないし……」という方には、ハイスミスのこの言葉を贈ろう。

 もちろん一番いいのは、働くのを止めて、仕事について考えるのも全部止めて、旅に出ることだ。短期の安価な旅行でも、状況を変えさえすればいい。旅に出られないなら散歩に出よう。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.25

 執筆が停滞しているときは、同じ状況が続いていることが原因かもしれない。もし行き詰まっているのなら、散歩に出掛けてみるのはどうだろう?

 僕はライターの作業が終わったら、ときどき読みたい本とポメラを持って少し遠いところにある喫茶店まで歩いて行く。

 すると、家でいくら粘っても出てこなかった考えを、いつのまにか頭のなかで自然と巡らせている瞬間がある。

 アイデアを思いつくときは、0のものを1にして「生み出す」というよりも、アイデアのなかに「入っていく」感覚がある。

 横断歩道の信号を何気なく見ているとき、窓ガラスに映った自分の影を見たとき、スニーカーで踏んだ砂利の音を聞いているとき……。

 街中の何がきっかけになるかは分からないけれど、それらは日常の延長線上にあって、「いつの間にか別のこと考えてたな」とあとで気が付いたりする。

 たとえるなら、起きながら夢を見ていて、そこで見たり、聞いたりしたものを覚えて持ち帰る。それをあとで言葉にする。

 創作をやったことがある人なら、おそらく誰もが持っている感覚だと思う。

 そういう状態を起こすには、ずっと家に篭もって、机の上に座っているだけではなかなか訪れないようにできているのかもしれない。

 小説のアイデアを膨らませて、筋を作って、登場人物や設定を考えて、というところはノートの上でもできることだけれど、言ってみればこれは後付けの作業なのだ。

 最初のアイデアを得る部分だけは、いくら机の上で唸っても、どんなに優れた本を読んでも、出てきたりしない。

 哲学者のショーペンハウアーが『読書について』という本のなかで、『創造的な人間とは、あらゆる書物を読破したひとではなく、世界という書物をじかに読んだひとのことなのだ(主旨)』という有名なくだりがある。

 アイデアは案外、自分の頭のなかに転がっているのではなくて、その外側の日常で見つかるのではないだろうか。

③デジタルデトックスをする

 アイデアや文章を思いつくときは、頭のなかをいっぱいにすることよりも、少しでも余計な考え事を減らすのが近道であったりする。

 とくにスマートフォンやタブレット端末が手元にあると、執筆にいい影響を及ぼすとは言い難い。

 SNSやゲーム、動画など、ネット上の刺激的なコンテンツで頭を忙しくしていると、アイデアが入り込む余地がなくなり、執筆どころではなくなってしまう。

 アイデアが欲しい、執筆を進めたいというときには、なるべくこうしたデジタル端末は遠ざけて、視界に入らないようにしてしまうのがおすすめだ。

 僕もスマートフォンのゲームを楽しんだりする方だけれど、執筆体勢になると、携帯は機内モードにして電源ごと落とし、遮断袋にいれて引き出しの奥にしまう。

 昔の文豪が「山の上ホテル」のような場所でカンヅメをするのは、日常の些事に振り回されて、執筆に影響が出るのを避けるためではなかっただろうか。

 デジタルデトックスの際には、携帯やWi-Fiの電波を遮断する袋があるので、面倒なひとは遮断袋にスマホやタブレットを入れて、まるっと解決できる。

 スマホやタブレットを遠ざけて、現代版の「山の上ホテル」の状況を自分で作ってしまおう。

④長風呂に浸かる、シャワーを浴びる

 お風呂場でアイデアをひらめきやすい人もいるのではないだろうか。

 昔の日本の作家には、よく湯治に出かけたりする話があるが、あれはかなり合理的な判断なのかもしれない。

 川端康成が『伊豆の踊り子』を書いたのは伊豆(静岡)の湯ヶ島温泉で、梶井基次郎が川端の宿を訪ねてその校正を手伝った、というエピソードもある。

 文豪と温泉には深い縁があって、有名な作家が温泉地で療養をはじめると、その作家を慕う書き手がどんどん集まってきて、文学サロンの役目を果たしていたりする。

 お風呂場は、一人でじっくり浸かりながら考え事をするのに向いている。シャワーを浴びてさっぱりとした気持ちで机に向かえば、気分転換になって執筆も進むだろう。

 僕は「クエン酸」と「重曹」を組み合わせて、炭酸風呂を作ったりする。

 リラックスできる温浴効果に加え、垢落としや殺菌などのデトックス効果もあるので、試してみてはどうだろう。(使用の際は少量で、換気に注意してください)

 疲れを取りたいときは入浴剤を使ってみるのもおすすめ。入浴を楽しみつつ、文豪気分で執筆しよう。

⑤ひとりになる

 ここまで、アイデアを思いつく方法を色々と書いてきたけれど、すべてに共通して言えることがひとつだけある。

 それは、ものを考えるときは「ひとりになる」方がよいということだ。

 ハイスミスもこの辺りの事情はよく分かっていて、「ひとりになること」について、こんな風に話している。

 アイディアが欠如する別の原因は、作家の周りにいる間違った種類の人々にある。時にはどんな種類の人もこれに該当する。もちろん他人は刺激を与えてくれるし、偶然の発言や物語の断片が作家の想像力を動かす場合もある。しかし、たいてい社交の飛行機は創造の飛行機ではなく、創造的アイディアを飛躍させてくれる機体にはならないのだ。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.26

 集団と過ごしている時、あるいは誰かひとりといる時であっても──その方が楽なのだが──自分自身の無意識を認識したり受け入れたりするのは難しい。これは興味深いことで、時として、私たちが惹きつけられる人たちこそが、あるいは恋に落ちている相手こそが、絶縁体のゴムのごとくインスピレーションの火花をすっかり消してしまうのである。

「サスペンス小説の書き方」パトリシア・ハイスミス著 坪野圭介訳 フィルムアート社(2022)p.26

 僕がパトリシア・ハイスミスの『サスペンス小説の書き方』を読むきっかけになったのは、まさにこの箇所だった。

 誰かと一緒にいるときに、創作のアイデアそのものが訪れることはめったにない。孤独はものを読んだり、書いたりすることと親和性がある。

 いつもひとりぼっちでいる必要はないけれど、ものを書くときはどこまで行ってもひとりだから、最後のところは誰かの助けを借りるわけにはいかない。

 ノートに向かい合うのも、散歩に出かけるのも、SNSやスマートフォンを遠ざけるのも、お風呂に入ってシャワーを浴びるのも、みんな「ひとりになる」ためだと僕は考えている。

 そうして日常のなかにたったひとりでいる「余白」を持つことで、あれこれ考えたり、想像の世界に心置きなく耽ることができる。

 アイデアを見つけたいときは、思い切ってひとりになって、寄り道をするのがいい。

 仕事からの帰り道でちょっと喫茶店に寄って、珈琲一杯で粘ってみたり、夜中にコンビニに買い物がてら、お散歩したり。休日に図書館の机でぼんやりする。

 誰かといる日常のなかに、ひとりでいられる「非日常」の時間が作れたら、創作が生まれるきっかけになる。

 もの書きのアイデアで行き詰まったら、パトリシア・ハイスミスの『サスペンス小説の書き方』を片手に週末を過ごしてみるのはどうだろう?

 2024/01/04 22:47

 kazuma

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