カテゴリー
一馬日報(手記) 広報(アナウンス・告知) 文芸活動記録

『前途多難』

僕に未来、なんてものがあるだろうか。

今日は近況報告だけ。しばらくネット上にも現れなくなると思う。理由は簡単だ。現実が厳しすぎるからだ。

いま通っている職場が潰れるのではないかという話が出ている。正確にいえば会社そのものが潰れるわけではないのだが、僕のいる部署そのものがなくなるんじゃないかという話だ。

休憩時間はその話題で持ちきりになっている。僕らのような使いっ走りはいくらでも替えが利くと思われているのだろう。一番お世話になって、仕事の上でも庇ってくれていたひとが退職することが決まった。今までの体制とは丸々変わってしまうようなので、あと三ヶ月か四ヶ月持てば良い方だ。僕はじき仕事を失うだろう。次の道を探さなくてはならない。

正直に言って、僕がいま暮らしている環境は、小説どころの話ではない。もうこれ以上、誰かとやり取りをするのに割く時間も余裕もどこにもない。

明日の仕事がどうなるかも分からない、病の進行はひととのコミュニケーションをさらに難しくしていく、家の中では要介護の祖母がいて、四六時中叫んでいる。今日は朝の五時に叩き起こされて、ばあちゃんが汚していった床をずっと拭いていた。一時間後に掃除が終わって祖母は、弟の名前を呼んで「ありがとう」と言った。祖母の中では「僕」という人間はもう存在していないはずの人間だったらしい。ばあちゃんはもう、僕の知っているばあちゃんではない。

今度は父方の方の祖母のところにも顔を出してくれと言われる。散々僕から時間やら人間関係やら何もかもを奪っておいて、今更それは何なのだろうと思っている。僕には彼らがやろうとしていることがよく分からない。死ぬまで問題を後回しにしているようにしか見えない。

宗教は僕がこの世でいちばん憎んだものだ。そんな文字は見るだけでも吐き気がすると思ったものだ。僕のぜんぶを奪ったものだ。家族どころか、他の人間にさえ、まだ話しかけることが残っているのだろうかと疑問がある。都市の駅前をネクタイを締めて颯爽と歩いていくサラリーマンや、ベビーカーを引いた子連れの母親や、同年代のふざけた格好をして騒ぎ立てては歩いていくひとびとに、僕は耐え難い断絶のようなものを感じる。これ以上、何か話すべきことがまだあるのかと、疑っている。彼らに向かってわかるように話す必要があるのだろうかと。

小説を書いて、これは僕に宛てられたものではないですね、と言われる。十人に聞けば十人全員が僕が書いているものが何なのかさっぱり分からないと言う。そのうちに何人かは怒り始める。こんなわけの分からないものを書くなと、そんなものをひとに読ませるなと。

いま思うと、彼らの言葉も怒りももっともだと思う。僕は最初から自分と自分に似たやつのためだけにしか書いていなかった。同じ苦しみを知っているやつにしか話さなかった。そんなものを送りつけられたり、読まされたりするのは苦痛でしかないだろう。いかに僕に固有の事情(育った環境や病やハンディキャップ、何かを書き付けずにはいられない理由)があろうと、そんなことは一般の読者にはまったく関係のないことなのだ。

駅前の路上でバンドマンが唄っている。ギターを持って、ドラムを持ってきて、時々バイオリンなんかも加わったりする(コロナの前の話)。

道ゆく人の中にはその演奏に足を留めるひとがいるが、そのほとんどは目の前を通り過ぎていく。僕もそうだ。路上でエド・シーランやオアシスやルイス・キャパルディみたいなやつに会うことはない。でも彼らは、街ゆく人々にその声を聴かせようと一生懸命に唄っている。育ってきたバックグラウンドも価値観も家庭環境も仕事も暮らしぶりもまったく違う、完全にランダムにその道を歩いているに過ぎない、不特定多数の連中に向かって臆面なく語りかけるようにギターを弾いている。僕は見向きもせずに通り過ぎていって、その音色もまるで覚えていない、でも彼らが確かにそこで唄っていたということは覚えている。通り過ぎていったあとでまばらな拍手が聞こえる。

翌朝、同じ道を歩いている時に気が付いた。小説を書くと言うのは、いまこの目の前の道を歩いている全く知らない別の人間に向かって無差別に語りかけることなのだと。そのやり方が路上で演奏するという形ではなかっただけで、本来はそういうことなのだと。

だからこれから僕がもし誠実な態度で小説を書きたかったら、取れる道は二つしかない。

ひとつは自分がやっていること、考えていること、経験したものごとが、誰かに理解される可能性は少しもないと思って、ほんとうに自分と、自分に似たやつのためだけに書き続けると言う道。この道を進むのなら、それはヘンリー・ダーガーの進んだ道のように、死ぬまで自分のために書き続けて、書いたものは誰にも一切公表せずに、部屋の押し入れにでも放り込んでおくこと。それがひとに読ませるような類のものではないと、彼にとってもわかっていたのだろう。ある意味でそれは、アウトサイダー・アートを描く人間にとっての誠実な、これ以上ない態度だと思う。ヘンリー・ダーガーの作品は、老後にアパートを引き払うときに家主によって発見されたというが、その時、部屋にあるものはすべて処分してもらって構わない(そこに置かれていた小説も含んでいた)とヘンリーは言ったという。

だから僕がもしこのまま自分と、自分に似た(≒ニアリーイコールで結べる)やつのため「だけ」に書き続けるのなら、直接原稿を手渡しするどころか、ネット上に公開することも、あるいはひとの目に触れる可能性があると考えられるところに作品を置いておくのは、読者に対して「極めて」不誠実な態度なのだ。罵声を浴びせられたってもう文句は言えないだろう。

そもそも小説という形式がはなから要求している最低条件が、それが作者のために書かれたものではなく、その小説を読む可能性があるすべての人間にとって少なくとも理解できる言葉で書かれたものであるということだ(その中身のすべてが実際に理解されるかどうかは問題ではない)。そしてその中身というものが、たとえば、作者固有の経験から来るかなしみであったり、苦しみであったりしたならば、それが作者固有のものでなくなるように、それを物語の中で手放して、誰かにとっても置き換え可能なものになるように工夫を凝らして伝えようとする行為そのものが、僕にとっての小説なのだ。

実際にそれを読んで全員が全員理解できるものでなくともかまわない、サリンジャーの作品を読んでも、サリンジャーの抱えていた当の苦しみそのものが分かるわけではない。戦地に赴いて塹壕の中でものを書き綴っていた人間の気持ちなんて分からないし、分かるなんて言葉を一言でも使ってはいけない。それを言えるのは同じ経験をしたことのある人間だけだ。

でも、ホールデンが湖を見て冬になったらあの家鴨たちはいったいどこへ行くんだろうな、と言ったときの気持ちは、あくまでも僕の中で、何か伝わってくるものがある。サリンジャーが戦地に赴いて死んでいった人間を目の当たりにするときの気持ちは絶対にわからないけれど、そのホールデンがぽんとタクシー運転手に向かってつぶやいたときの気持ちというのは、僕の中にもあるものに思えるのだ。その瞬間に、僕は通じるものがあると感じるのだ。そういうものがあるから、僕は小説にずっと憧れているのだ。自分固有のものを超えていくときに現れる表現を目の当たりにする度に。

ヘンリー・ダーガーのやったことは凄いと思うし、人間としても尊敬に値する生き方だと僕は思っている。何も恥じることなどない。でも仮にその作品を読んだとして、そこに通じるものがあると感じられるかはよくわからない。僕が凄みを感じているのは、ヘンリー・ダーガーそのひとの生き様というか、生きていく上での姿勢(周囲の環境にどれだけ恵まれていなかろうが、一生を通じて、死ぬまでたったひとりで創作を続けた)ところであって、おそらく作品そのものに、ではないだろうと思う。僕がサリンジャーの作品に向かい合った時に感じている憧れとは、まったく別ものなんだと思う。

だから僕は自分の書く世界の中に、他者が読み込むことのできる余白を残しておかなければならないだろうと思う。そうして書かれたものが、はじめて誰かにことばが届く可能性が残された作品になりうるだろうと思うから。

ブログや書房での活動はすると思うけれど、しばらく音信不通になります。僕は僕の人生で手一杯です。直接にやり取りをするというより、作品を書いて表していくことが、僕自身の答えになると思っています。だからしばらく待っていてください。次の作品を書き上げたときに、戻ってきます。

kazuma