カテゴリー
一馬日報(手記) 広報(アナウンス・告知) 文芸活動記録

未来の羅針盤

 こんばんは。kazumaです。そろそろ、これからの僕の方針についてひとつ文章にしてまとめておこうと思う。今回は方向性を探るためのログとして、頭を整理するために書いている。ブログ記事にする以上は、誰かの目に入るわけだから、この文章はそれなりの意思表明として、受け取って貰って構わない。僕は八年前とはスタンスが変わった。生き方も、小説に対する考え方も、食べて行こうとする道も。相変わらず獣道を歩いてはいるけれど、言葉の足跡を辿ることは止めない。たとえどんな道で生きていくことになって、かつて思い描いた小説家という職業からかけ離れることになっても、僕は生き延びてものを書く。それがもの書きだと僕は思っている。遠回りは、悪いことではないと気が付いたから。それが一生ものの、迂回路だったとしても。僕は言葉の渦の中を歩くことを選んだ人間だから。

 ここに来るまでに沢山の障壁があった。いま生きていることがやっぱり不思議だとは思う。もうとうの昔にいなくなっていても可笑しくないよなって思うような場面はいくつもあった。何にも事情を知らない赤の他人が笑うのを僕は見ていた。もしその内側から見える、この景色を眼にしたら、そう笑ってはいられなくなると思う。暗い話はよそう。

 僕はかなり特殊な家庭で育ったし、その辺の事情についてはディビッド・コパフィールド式にはやりたくない。秘密には、ひとに明かせば楽になる類いのものと、明かせば明かすほど更に深い迷宮の中に入り込むものがあって、これは後者だ。僕という人間がどうやって育ってきたかということは、大半の人間にとってはどうでもいいことだ。でも、その他人にとってどうでもいいことこそが、僕にとってはとてつもなく大きな関心事であったりする。そういう秘密は、ひとりで長い時間を掛けて絡まった糸をひとつひとつ解いていくのがいい。そして、もし決してほどけない糸にぶつかってしまったとしたら、それが背負っていく運命なのだろう。それについて誰かが成り代わることはできないし、共有できるものでもない。

 僕はたぶん、負い目のようなものをずっと持っている。どの街中を歩いていたって、誰かがすぐそばにいて話していたって、地に足が着かず、交差点の群衆の間を、ひとりで歩いているような気がする。信号が青になればみんなは渡っていく。僕だけは渡れずに立ち止まって足踏みしている。そういうことが何年も続いた。僕は大学を卒業したあとの初っ端から、まともなルートは一度も通らなかった。皆が当たり前のように受け入れて歩いて行く大通りは、僕には渡れなかった。信号は点滅して、やがて赤になった。その後、溝板を踏み外して、排水溝の下を走り回る鼠のようにじたばたしていた。

 村上春樹の小説に『鼠』という人物がいる。こいつはホットケーキに突然、コカ・コーラをかけて平気な顔をして食べる酔狂な奴だが(何年か前、東京練馬区のちひろ美術館でやっていた『村上春樹とイラストレーター展』の期間限定メニューで、僕も実際に食べてみたが、やはりこんなものを食べられるのは鼠ぐらいしかいないだろうと思った)、鼠は常に主人公である『僕』の相棒であり、影の部分を担っている。二人の行動は基本的に対になっているように思われる。時に彼ら二人は、何の脈略もなく生け垣の電柱にフィアット600のボンネットをぶつけて突っ込んでいったりしているが、『鼠』の行動の起点は夏の日にビールを飲みながら蝉の声を聞いている『弱さ』であって、一方、主人公の『僕』の行動の起点は『弱さ』ではなく、河川敷の茂みに向かって警察官の前でひとりビール缶を投げ込むような『タフ(強)さ』だ。

 僕が大学生になって本格的な読書をはじめた頃、本にやたらと傍線を引いたり、傍点を自分で打ったりしていた時期があった(いま僕は個人のネット古本屋『一馬書房』をやっているので、完全に蔵書にするつもりのもの以外には引かなくなったが、やはりどこか名残惜しい気もする)。僕らの世代では既に村上春樹の小説は大抵のものが既刊になっていて、周りでも読んでいるやつがちらほらいた。ただ気になったフレーズを友人達に訊いてみると、どうも彼らはみな、『タフ』な方のフレーズが気に入っているようで、たとえば、『ノルウェイ』で出てくる先輩の永沢さんの『自分に同情するな』という台詞であったり、あるいは主人公である『僕』の、『何かを持っている奴はいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何かを持てない奴は永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。だからそれに気付いた人間がほんの少しでも強くなろうとするべきなんだ(『風の歌を聴け』より抜粋)』という言葉に共感していたりした。確かに『僕』の中には、芯のようにぶれないものがあって、それが読者にとっては安心し、共感できる倫理的なまっとうさを備えている。僕もあとの台詞の方には確かに線を引いていた。しかし、その線は迷うように細く波打っていた。僕が力強く引いたのはむしろ『鼠』の方の台詞だった。この辺りに何か僕が感じている息苦しさの根源がひとつ、あるような気がしている。

 職場でも、家庭でも、友人との食事や遊びから、SNSのようなネット上のやりとりに至るまで、すべての場において、ポジティブなものが求められすぎているように思う。それがその場にいる相手を不快にさせないための最低限のマナーであるかのように。それで平気で居続けられる人間ならそれでいい。でも、僕はそうじゃなかった。僕は生きることがそんなにポジティブでいられるようなものだと思ったことが一度もない。楽しいときだってもちろんあるが、この言い方は何処かかりそめの、小さな強がりに僕には思える。『僕』の台詞に線を引くのを迷ったのは、人間はほんの少しでも強くなろうとするべきなんだろうか、というところだった。この社会で、現実的に生きていこうとすればそうならざるを得ないのだろう。それがたぶん、大人になるということなんだろう。僕も強がってそんな風に考えて行動しようとすることがあるけれど、何か大事なものを置き忘れているような気がしている。振り返ったら、そこに『鼠』が亡霊のように立っている。彼は結局、その『弱さ』の故に、台所のはりで首を吊る。生き残ったのは背中合わせの『僕』の方で、柱時計の音が鳴って、羊をめぐる冒険は終わる。この社会は、『鼠』のような人間を殺しすぎている。ネガティブなものを、ネガティブのまま受け容れて、吐き出せるような場所が何処にもない。だから、僕は代わりにここでものを書いたり、小説を書いたりすることにしている。人間はそんなに綺麗なものではないと僕は思う。この世に生まれてきている時点で。人間がもし、上澄みだけの、綺麗で明るくて楽しいだけの生き物になったとしたら、その頃に人間はもう、人間ではなくなっていると思う。僕はそんな王国は一生やってこない方に賭ける。僕は何回でもこの人生を終わらせ続けると思う。そして束の間、袖振り合う縁のあったひとと、この世界、なんかつらかったよね、しんどかったよね、って話しながら道が分かれて途切れるところまでは、歩いて行くと思う。それが『鼠』の側の人間の生き方だと思う。『僕』と『鼠』の間を揺れ動いて生きていくのが、人間らしいと思う。

 抽象的な話が続いてしまったので申し訳ないが、最近の近況とこれからの僕の動きについて少し書いておこうと思う。

第六十四回群像新人文学賞に今年も応募。八年目、三度目の挑戦。

 第六十四回群像新人文学賞には予定通り応募した。新作の長編を書き上げるまでに丸一年を執筆に費やし(つかれて何ひとつ書けない日が百日くらいあった)、大学ノートを二冊潰した。原稿用紙換算で二〇一枚分(約七万字)で提出した。例年通りだと、群像の〆は十月三十一日なのだが、今回は提出方法に新たにWeb応募が追加されていて、〆切りは十五日早まる形で、はじめてその形式で応募した。一太郎データ(jtd.)をそのまま受け付けてくれる旨が規定に書いてあって、紙媒体よりもスムーズに応募ができた。とはいえ、〆切り間近に郵便局に駆け込む恒例行事も、好きっちゃ好きではあるが。十月に公募に応募された方々もお疲れ様でした。応募前後にはTwitterに戻ってきていて、普段から言葉をやりとりしているひとにお祝いの言葉をいただいた。公募はお祭りみたいなものだと思っているので、楽しんだもん勝ちである。

 群像に提出した作品は、ほんとうの意味では完成していない。ちょうど区切れるところでピリオドを打ったが、ある意味、カンマの方が近いと思う。まだ回収仕切れていない伏線がいくつかあったし、思い描いていたもうひとつのヤマ場の場面を、僕は描ききってはいない。群像への応募自体は完了しているが、僕はこの中長編の小説をライフワークのひとつとしてやっていこうと思っている。これから半年かけて、追加のエピソード分を加えつつ、推敲を重ねて、電子書籍(KDP)の第四作を発表するつもりだ。群像の紙上での結果発表までに約半年の期間があるので、来年の春以降になるかと思う。

 小説新人賞への公募はこれからも続けるが、僕の中ではもう記念受験という意味合いの方が強い。二十の頃から八年間応募し続けたが、一度も芽が出ることはなかった。でも、僕はそれでいいと思っている。無理に商業の作家を目指す必要があるのか、ずっと自問し続けたが、僕の中で答は出ている。その必要はない、僕はほんとうは商業作家になりたかったんじゃなくて、一生もの書きでいたかっただけなんだと分かったから。自分が文学だと思っていたものが、誰かから見て、ただのお話だと思われてもかまわない。応募原稿がすぐにゴミ箱に投げ入れられ、焼却場へ向かったとしてもかまわない。公募から降りた、負け犬の遠吠えだと言われてもかまわない。僕は自分の時間が終わるそのときまで、書き続ければいいと思っているだけだから。誰かに認められたい気持ちとか、背伸びをした約束や、欲しい生活を手に入れるために、小説があるのではないと、分かったから。そういうもののために僕はものを書きはじめた訳じゃなかった。そうじゃなかった。僕は言えなかった言葉を書き続けるだけだ。

 この一年間の執筆期間もオンライン上でやりとりをしている方々に、今年も助けられた。僕は勝手に文芸仲間だと思っているんだけれど、どうでしょう? Twitterでのリプライやメールのやり取り、当ブログのコメント欄、一馬書房に訪れてくれるひとたちも含めて、見えないところで応援をいただいたことをとても嬉しく思う。しんどいときには気にかけてくださったり、〆切りぎりぎりまで一緒に書いて提出していた方もいた。おかげで今年も作品をひとつ書き上げられた。リアルではあまり小説について話すような仲間もおらず(文芸仲間って一体どこで見つけるんですかね笑)、ぼっちで文芸活動をやっている身としては、とてもありがたいことだ。これからもこの路線でやっていこうと思っているので、どうぞよろしく。

 さて、ライフワークとして中長編の執筆は続けるとして、公募の結果発表までまだ半年あるので、少し自由の身になった。これからは基本のキのところまで、もう一度立ち戻って、短編小説を書きたいと思っている。八年書いても、僕は大して小説のことは知らない。肩の力を抜いて、伸びをして、ほんの少し身軽になって、短編のフラスコの中で実験をしてみたい。気が向いたときにペンを執って、好きなように書くという時間が僕にはどうやら必要みたいだから。以前、ちょっとだけ公開していた時期があったように、出来上がった作品はnoteに上げてもいいんじゃないかと思っている。アカウントも復活させるつもりなので、また順次報告します。

 一馬書房も公募の〆切りの関係で止めていたが、これからすぐに再開させようと思う。とりあえず店だけは来週までに開けておきます。個人運営のゆるゆるネット書店ですが、来たい人は来てみてください。配送はちゃんとしてます笑

 仕事の方は相変わらず同じ職場で続いている。こっちもネット書店の裏方の仕事なので、僕には性に合っているようです。ほんとに最低限度の社会参加という形だけど。新しいもの書きマシン(surface laptop)が欲しくて、もう少し収入が必要なので、前々からやってみたかったライターの仕事もちょっとずつやってみようと思っている。いまの職場に残りつつ、ライターと書房を小さな副業の形でやっていくのが、いまのところベストだと判断した。僕はどんな形でも書くことが仕事になればいいと思っている。

 あと、長編の原稿についてはいまのところ手直し中ですが、もし希望者がいれば、新作原稿のモニターを若干名募集しようかなと思っています。群像に提出した作品で、電子書籍化する予定の作品です。なので、原稿を預けるのは、ある程度の信頼関係がある方(Twitterでのリプライ、DM、メール、及び当ブログなどでやり取りをしたことのある方、もしくは現実上の知り合い)に限らせていただきます。

短編程度(原稿用紙換算50枚以内)のものなら、僕も読み合わせで原稿を交換して、感想をお送りできます。現実にはもう少し先の期間での告知になると思いますが、これも決まり次第、追ってブログにてご報告いたします。気になる方はTwitterアカウント(@kazumawords)もしくは、僕の既存のメールアドレスまでご連絡ください。

 以上、今後のkazumaの方針と動向でした。こんな感じで動いていこうと思ってますので、よろしくです。

 昼のひかりに、夜の月明かりがわかるものか。

 kazuma

 2020/11/08 12:21

 追伸 

 最近になって、ヨルシカというアーティストを知って聴いている。世間的にはかなり流行っているらしいが、流行に疎い僕は知らなかった。気に入って執筆前や、仕事に行く前に掛けている。『雨とカプチーノ』は洒落た小説みたいだなと思った。こういうストーリーのある曲がどうやら僕は好きみたいだ。今度、世話焼きの友人がCDをプレゼントしてくれるらしいので、楽しみにしている。