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「日陰者の文学」

『バナナフィッシュのいない夏』の執筆を終えて。

短編新作『バナナフィッシュののいない夏』について

こんにちは、kazumaです。三週間ほど前に短編の新作を書き上げた。『バナナフィッシュのいない夏』というタイトルで、noteにアップしている。バナナフィッシュ、とあるように、今回の作品はJ・D・サリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』のオマージュだ。新作短編はこれで第三作目となる。だいたい三から四ヶ月にひとつ、短編を発表するのが、僕にとってはちょうどいいリズムだったらしい。また秋ごろに発表できればと思う。作品を読んで、ひとりでもサリンジャーに興味をもつきっかけになってくれれば、本望だ。

新作短編はこれまですべてオマージュで、一作目の『赤い風船、笑うピエロ』はカポーティの『ミリアム』から、二作目の『ハイライトと十字架』は同じくカポーティから『ティファニーで朝食を』、そして本作がサリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』から。作品そのものを真似ているわけではないが、その本たちからイメージを膨らませてつくった。重要なキーとなるモチーフを各作品から拝借しているので、厳密にオリジナルの作品とは呼べない。次回作は、そうではなくて、僕自身の興味関心からつくった作品をつくりたい。

Twitterには時々出没しているが、SNSは少し控え目にしている。ぽつんぽつんと雨垂れのようにつぶやくのがいちばんいい距離感だと思うのだけど、使っていると時折豪雨のように連投してしまうことがあるので、意識的にセーブしている。メンタルの調子が悪い時に、たまたま目にしてしまった通り魔のような言葉に引っかかってしまうこともある。そういうときは、電源ごと落として通信をまるごと遮断してしまう袋に入れてしまう。それからテーブルの引き戸の奥に入れておく。床に転がって心ゆくまで考え事をする。寝てしまうのがいちばんだ。

近況

近況、と言えるほどのことはないけれど、いまの職場を退職することが決まった。辞めたあとはライターを目指そうと思っている。半年ほど前からランサーズでライティングやタスクの簡単な案件を受けるようになった。まだ雀のなみだほど。ただパソコンひとつで、文章を書いて上げれば、それでお金がもらえるというのは僕にとっては魅力的だった。それで食べていくとなるとよほどのことだろうと思うが、ものを書いて食べていくという夢を僕は棄て切れなかった。この時期、僕は小説や文学とはまったく関係のない文章を書いた。購入したもののレビュー、街中のおすすめスポット、病に関わることについて、大学の研究モニター、英文のサンプル作成、ECサイトの使用感、などなど。

僕はひとと関わることにものすごく難がある。同じ年代の人間がとっくに身に付けているであろう世間話ひとつできない。世の中にあるものをほとんど知らない、それでも生きていかなくてはならない。僕にはメジャーの生き方はできない。マイノリティはマイノリティの道を見つけなくてはならない。ひとと関わることが難しくとも、病を抱えていこうとも、僕は僕の役を引き受けなくてはならないのだ。それはメジャーだろうが、マイノリティだろうが同じだ。部屋の外に一歩出れば起こる、ありとあらゆる納得のいかない出来事を目の前にして、それでも僕らはそれらを改変することはできない。職場に行けば、些細なことで非難される、鼻持ちならないやつに出会う、道を歩けば偏見やこころないひとの目に晒される、ごくわずかの親しい友人にさえほんとうの悩みは理解されない、同じ屋根の下で価値観のまるで違う人間と暮らす、これまで生きてきたなかで出会った人達から遠く隔てられたところにいるように感じる、そういうすべては僕個人のちっぽけな意識や納得の域を遥かに超えて進行する。自分ひとりであがいてみてもどうにもならない。いくらそれを嘆いたり、批判したり、恨んだとて、対立的な概念を持ち出しているうちは、克服されない。原因の根が過去からやってきたものを改変することはできないのだ。

福田恒存の『人間・この劇的なるもの』

いま読んでいる本は福田恒存の『人間・この劇的なるもの』という本なのだけれど、その中でこんなたとえがある。劇中の人物を演じる演者は、この劇の行く末をすべて知っていながら、なおその舞台にいる合間はいま正にそのことを知ったように演じなくてはならない、という。

役者のせりふは、戯曲のうちに与えられており、決定されている。かれの行為にはわずかの自由も逸脱も許されぬ。どんな細部も、最後まで、決まっているのだ。いいかえれば、未来は決まっているのだ。すでに未来は存在しているのに、しかも、かれはそれを未来からではなく、現在から引き出してこなくてはならぬ。かれはいま舞台を横切ろうとする。途中で泉に気づく。かれはそれに近づいて水を飲む。このばあい、気づく瞬間が問題だ。泉が気づかせてはならない。かれが気づくのだ。かれが気づくまでは泉は存在してはならないのである。

すでに決定されている行動やせりふを役者は、生まれてはじめてのことのように新鮮に行い、新鮮に語らねばならぬ。ここでも二重性が問題になる。戯曲のうちには、それを読んでいるものもいようし、二度見るものもいよう。それでも、彼らははじめてのものとして享受したがる。そのためには、役者は未来に眼を向けてはならぬ。現在を未来に仕えさせてはならぬ。かれは現在のみに没頭する。芝居の最後まで知っていて、しかも知らぬかのように行動すること。

『人間・この劇的なるもの』新潮文庫 福田恒存著

ここにどうやら、ままならない世界で生きるためのヒントが隠されているように思えてならない。もしかしたら、僕の人生は一から百まで、最初からすべて決まっているのかもしれない。生まれてくる家は選べない、誰の子供になるか選べない、どういう環境で育つのかも選べない、それによって左右される行き先も、自分では選んだと思っている人生の別れ道も、ほんとうには選んだ訳ではなかったのかもしれない。最初から劇の筋書きがあって、それによって与えられた役割を演じるだけに過ぎないのかもしれない。先のことを考えると雲行きはあやしく、何となく行き着く先は昏いように見える。もう最初から結末が見えているような気がしてくる。にもかかわらず、実際にはそれらは見えていないのだ。まだ見てはいないものを、さも見たかのように扱ってはならないのだ。

学芸会の記憶

僕が人生で唯一しなくてはならないことは、僕の役割を演じることだ。小学校の頃、学芸会があった。僕は舞台の隅でダンボールに緑色のマジックで塗った草むらを持って立っていた。とくに台詞があるわけでもない。主役の座はいつも必ずクラスの華やかな人間が取っていて、僕はいつも余りの役を引き受けた。一言も話さずにただ草むらの段ボールの後ろに息を潜めて、時間が来たら袖へ引っ込んだ。そして入れ替わり立ち替わり演じていく同級生たちを眺めていた。スポットライトの当たる主役の子らは、舞台から降りて普段の日常に戻っても主役なのだ。彼らに草むらで息を潜めて待つ人間の気持ちはわからないだろうと思った。そして同様に、常に人の輪の中に立ち続けていることの辛さも、僕には分からなかった。

タイムラインと友人

つい先日、あるタイムラインを見たときに偶然、学生時代の友人の投稿に気がついた。彼は僕と同じように地元へ戻ってきていて、病院の中で会った。似たような背景を持って育っていて、彼はそのことで苦しんでいるように見えた。僕は何といえばよいのか分からなかった。連絡先だけを交換して、また会おうと言って数年が経った。タイムラインの投稿には彼が梁で首を吊ったことが書かれてあった。生きていることが悲しくて苦しいと書かれてあった。写真のマークのところに彼の顔はなく、別の画像に挿し変えられていた。僕は何か言わなければいけないことがある気がした。

日陰者の文学

僕は一生、草むらの中で暮らすだろう。陽の当たるところには出られないだろう。じっと息を潜めて、夜が明けるのを待つだろう。それをこれから何千回と繰り返して、僕は何者にもならないだろう。

僕が小説の中で叫ばなくてはならないのはそういう負い目を背負ったひとに向かってである。何らかの避けられない理由によって、陽の当たる場所に出られなかった彼/彼女らの物語を。

別に僕自身が叫んだところで、誰にも届かないかもしれない。もの書きがひとり書くのを辞めたところで誰も哀しみはしない。また日常が淡々とはじまっていくだけだ。にもかかわらず、僕は周囲にとって大して叫ぶ必要もない悲しみや苦しみについて、ずっと話していたいのだ。そのことが何よりも大事なことのように思えるのだ。草むらに光を当てて、彼はここに居るのだと僕は言いたい。それがたとえ余計なお節介に過ぎないものであったとしても。

kazuma

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『前途多難』

僕に未来、なんてものがあるだろうか。

今日は近況報告だけ。しばらくネット上にも現れなくなると思う。理由は簡単だ。現実が厳しすぎるからだ。

いま通っている職場が潰れるのではないかという話が出ている。正確にいえば会社そのものが潰れるわけではないのだが、僕のいる部署そのものがなくなるんじゃないかという話だ。

休憩時間はその話題で持ちきりになっている。僕らのような使いっ走りはいくらでも替えが利くと思われているのだろう。一番お世話になって、仕事の上でも庇ってくれていたひとが退職することが決まった。今までの体制とは丸々変わってしまうようなので、あと三ヶ月か四ヶ月持てば良い方だ。僕はじき仕事を失うだろう。次の道を探さなくてはならない。

正直に言って、僕がいま暮らしている環境は、小説どころの話ではない。もうこれ以上、誰かとやり取りをするのに割く時間も余裕もどこにもない。

明日の仕事がどうなるかも分からない、病の進行はひととのコミュニケーションをさらに難しくしていく、家の中では要介護の祖母がいて、四六時中叫んでいる。今日は朝の五時に叩き起こされて、ばあちゃんが汚していった床をずっと拭いていた。一時間後に掃除が終わって祖母は、弟の名前を呼んで「ありがとう」と言った。祖母の中では「僕」という人間はもう存在していないはずの人間だったらしい。ばあちゃんはもう、僕の知っているばあちゃんではない。

今度は父方の方の祖母のところにも顔を出してくれと言われる。散々僕から時間やら人間関係やら何もかもを奪っておいて、今更それは何なのだろうと思っている。僕には彼らがやろうとしていることがよく分からない。死ぬまで問題を後回しにしているようにしか見えない。

宗教は僕がこの世でいちばん憎んだものだ。そんな文字は見るだけでも吐き気がすると思ったものだ。僕のぜんぶを奪ったものだ。家族どころか、他の人間にさえ、まだ話しかけることが残っているのだろうかと疑問がある。都市の駅前をネクタイを締めて颯爽と歩いていくサラリーマンや、ベビーカーを引いた子連れの母親や、同年代のふざけた格好をして騒ぎ立てては歩いていくひとびとに、僕は耐え難い断絶のようなものを感じる。これ以上、何か話すべきことがまだあるのかと、疑っている。彼らに向かってわかるように話す必要があるのだろうかと。

小説を書いて、これは僕に宛てられたものではないですね、と言われる。十人に聞けば十人全員が僕が書いているものが何なのかさっぱり分からないと言う。そのうちに何人かは怒り始める。こんなわけの分からないものを書くなと、そんなものをひとに読ませるなと。

いま思うと、彼らの言葉も怒りももっともだと思う。僕は最初から自分と自分に似たやつのためだけにしか書いていなかった。同じ苦しみを知っているやつにしか話さなかった。そんなものを送りつけられたり、読まされたりするのは苦痛でしかないだろう。いかに僕に固有の事情(育った環境や病やハンディキャップ、何かを書き付けずにはいられない理由)があろうと、そんなことは一般の読者にはまったく関係のないことなのだ。

駅前の路上でバンドマンが唄っている。ギターを持って、ドラムを持ってきて、時々バイオリンなんかも加わったりする(コロナの前の話)。

道ゆく人の中にはその演奏に足を留めるひとがいるが、そのほとんどは目の前を通り過ぎていく。僕もそうだ。路上でエド・シーランやオアシスやルイス・キャパルディみたいなやつに会うことはない。でも彼らは、街ゆく人々にその声を聴かせようと一生懸命に唄っている。育ってきたバックグラウンドも価値観も家庭環境も仕事も暮らしぶりもまったく違う、完全にランダムにその道を歩いているに過ぎない、不特定多数の連中に向かって臆面なく語りかけるようにギターを弾いている。僕は見向きもせずに通り過ぎていって、その音色もまるで覚えていない、でも彼らが確かにそこで唄っていたということは覚えている。通り過ぎていったあとでまばらな拍手が聞こえる。

翌朝、同じ道を歩いている時に気が付いた。小説を書くと言うのは、いまこの目の前の道を歩いている全く知らない別の人間に向かって無差別に語りかけることなのだと。そのやり方が路上で演奏するという形ではなかっただけで、本来はそういうことなのだと。

だからこれから僕がもし誠実な態度で小説を書きたかったら、取れる道は二つしかない。

ひとつは自分がやっていること、考えていること、経験したものごとが、誰かに理解される可能性は少しもないと思って、ほんとうに自分と、自分に似たやつのためだけに書き続けると言う道。この道を進むのなら、それはヘンリー・ダーガーの進んだ道のように、死ぬまで自分のために書き続けて、書いたものは誰にも一切公表せずに、部屋の押し入れにでも放り込んでおくこと。それがひとに読ませるような類のものではないと、彼にとってもわかっていたのだろう。ある意味でそれは、アウトサイダー・アートを描く人間にとっての誠実な、これ以上ない態度だと思う。ヘンリー・ダーガーの作品は、老後にアパートを引き払うときに家主によって発見されたというが、その時、部屋にあるものはすべて処分してもらって構わない(そこに置かれていた小説も含んでいた)とヘンリーは言ったという。

だから僕がもしこのまま自分と、自分に似た(≒ニアリーイコールで結べる)やつのため「だけ」に書き続けるのなら、直接原稿を手渡しするどころか、ネット上に公開することも、あるいはひとの目に触れる可能性があると考えられるところに作品を置いておくのは、読者に対して「極めて」不誠実な態度なのだ。罵声を浴びせられたってもう文句は言えないだろう。

そもそも小説という形式がはなから要求している最低条件が、それが作者のために書かれたものではなく、その小説を読む可能性があるすべての人間にとって少なくとも理解できる言葉で書かれたものであるということだ(その中身のすべてが実際に理解されるかどうかは問題ではない)。そしてその中身というものが、たとえば、作者固有の経験から来るかなしみであったり、苦しみであったりしたならば、それが作者固有のものでなくなるように、それを物語の中で手放して、誰かにとっても置き換え可能なものになるように工夫を凝らして伝えようとする行為そのものが、僕にとっての小説なのだ。

実際にそれを読んで全員が全員理解できるものでなくともかまわない、サリンジャーの作品を読んでも、サリンジャーの抱えていた当の苦しみそのものが分かるわけではない。戦地に赴いて塹壕の中でものを書き綴っていた人間の気持ちなんて分からないし、分かるなんて言葉を一言でも使ってはいけない。それを言えるのは同じ経験をしたことのある人間だけだ。

でも、ホールデンが湖を見て冬になったらあの家鴨たちはいったいどこへ行くんだろうな、と言ったときの気持ちは、あくまでも僕の中で、何か伝わってくるものがある。サリンジャーが戦地に赴いて死んでいった人間を目の当たりにするときの気持ちは絶対にわからないけれど、そのホールデンがぽんとタクシー運転手に向かってつぶやいたときの気持ちというのは、僕の中にもあるものに思えるのだ。その瞬間に、僕は通じるものがあると感じるのだ。そういうものがあるから、僕は小説にずっと憧れているのだ。自分固有のものを超えていくときに現れる表現を目の当たりにする度に。

ヘンリー・ダーガーのやったことは凄いと思うし、人間としても尊敬に値する生き方だと僕は思っている。何も恥じることなどない。でも仮にその作品を読んだとして、そこに通じるものがあると感じられるかはよくわからない。僕が凄みを感じているのは、ヘンリー・ダーガーそのひとの生き様というか、生きていく上での姿勢(周囲の環境にどれだけ恵まれていなかろうが、一生を通じて、死ぬまでたったひとりで創作を続けた)ところであって、おそらく作品そのものに、ではないだろうと思う。僕がサリンジャーの作品に向かい合った時に感じている憧れとは、まったく別ものなんだと思う。

だから僕は自分の書く世界の中に、他者が読み込むことのできる余白を残しておかなければならないだろうと思う。そうして書かれたものが、はじめて誰かにことばが届く可能性が残された作品になりうるだろうと思うから。

ブログや書房での活動はすると思うけれど、しばらく音信不通になります。僕は僕の人生で手一杯です。直接にやり取りをするというより、作品を書いて表していくことが、僕自身の答えになると思っています。だからしばらく待っていてください。次の作品を書き上げたときに、戻ってきます。

kazuma

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「今年は……」

 いつの間にか年が明けていた。今更ですが、明けましておめでとう。毎年、ブログには抱負みたいなものを上げていた気がするが、いま思うとよくやっていたなと感じる。もう正月も過ぎちゃっているので、なんとなく今年の文芸活動の展開を考えるくらいでいいかと思う。あんまり気負いすぎたところでなにも叶いはしない。人生はもっとテキトーでいいんだって、『ピーナッツ』の誰かが言っていた気がする(嘘)。言うとしたら、ルーシーとライナスのヴァンペルト姉弟あたりかな。ところで今年最初の本の買い初めは『ピーナッツ全集 一巻』でした。大丈夫かな……僕。まあいいか。こうやって人生は曖昧になっていくのである。

 とりあえず近況報告からはじめる。去年の十二月辺りから更新を止めていた一馬書房の運営を再開した。この時期は毎年なぜか身辺が慌ただしくなり、なぜか(自分のわりには背伸びして)ひとに会いすぎて、体調を崩すということが結構あった。どうやら僕にはひとと会っていられる活動限界みたいなものがあって、大体ひとと一日に二、三時間も接していればもうお腹いっぱいというか、それ以上はよほど親密でもないかぎり無理っぽいようである。人前だと僕はかなりヘンな気の回し方をするので、初対面だろうと、親友だろうと、腐れ縁だろうと、家に帰ったときにはへばってしまう。

 僕がたぶん個人主義者(ぼっち)であるのにはそれなりの理由があって、文芸活動や書房の運営をネット上のやり取りのみで行っているのは、前述のその辺に理由がある。いつか対面での文芸与太話や古本の販売だってやってみたい、と思うときもあるが、結局、柄にもないことをするとあとで痛い目を見るのは分かっているので、リアルではかなり慎重になる。Twitterでもちらりと呟いたけれど、僕はもうこれで十分(good enough)なのであり、八年前の自分と比べれば、よくやっている方だと思う。いまは流行病もあり、時期も時期なので、案外オンラインでのみやり取りするという判断も、そこまで悪いものではなかっただろう。

 というわけで、書房の運営も再開しておりますので、また時々は見にきてやってください。書房から出た利益はすべて文芸活動関連のものに使っています。去年はおかげさまでモノクロプリンターが買えました、納品書の印刷や、完成原稿の印刷にありがたく使わせていただいております。個人アカで時々宣伝していてごめんなさい。もう少しマニアックな、趣味全開の棚にできたらと画策しております。これもオンライン文芸活動のうちなので。お待ちしております。

 いま通っている古本関連の職場は今年で三年目になる。僕にしてはかなり根気よく続いた方だ。どこの馬の骨ともわからん僕みたいなやつを拾ってくれたことに感謝している。学生の頃から筋金入りのぼっちにもちょっとだけ友人ができて、ほんの少しだけ昔よりこころを開けるときがあった。相変わらず、見知らぬひとには全身ハリネズミのように警戒心が解けないけれど。大人になった気はまったくしないが、僕は僕なりにこの八年の時間を過ごしてきたのだ、ぐらいのことは言ってもいいのかもしれない。夢は潰れたけれど、潰れた先にもやっぱり人生があった。僕はこれでいいって、真夜中に暗示みたいに言い聞かせている。枕を敷いて床に就くたび。

 今年は古本関連の活動だけでなく、ランサーズなどでライター関連の仕事ができればいいなと思っている。いまは仕事というほどのものではなく、タスク案件のような作業をやっているが、ちょっとした生活費の足しになればと思う。このあいだ、口座に二千円振り込まれていた(微々たるものです)。本業の古本関係の仕事と、一馬書房の運営、ランサーズの作業案件を進めながら、作品づくりに取り組んでいければ、いまのところはそれでいいかなと。まっとうなコースからは最初から外れているので、とくに今更騒いだところで仕方ない。『人生は、手元に配られたカードで勝負するっきゃないのさ』、いつの世も真理である。

 いまは時世が時世なので、職場があるだけありがたいと考えている。ただ、いつの日かネットの古本業とライター関連の仕事だけで食べていけるようになれたら、あとは執筆のことだけを考えられる生活になればと思う。
 あくまでこれは願望で、甘すぎる認識であることは重々承知しているけれど、言わなかったらはじまらない、ことだま信仰の祝詞だと思って、読み流して貰えればそれで結構です。

 で、肝心の文芸方面の動きを。年をまたぐ前に短編小説をひとつ、noteに上げておいた。noteのアカウントは以前、Twitterを辞めたときにブログと一緒に閉鎖したのだけれど、また再開して作った。とりあえずいまのところは、短編小説置き場になると思う。以前、僕にアドバイスをくれたひとがいて、noteはそういう使い方をする方がよいと助言を貰ったので、その忠告に従っている。

 noteの公開名は、Twitterやこのブログと同じ”kazumawords”だ。今後も、このアカウント名義で活動していきますので、どうぞよろしく。note公開の短編集第一作は『赤い風船、笑うピエロ』です。興味のある方はチェックしてみてください。

 読書した本の感想は、このwords.ブログに上げるつもりでいる。去年の暮れに読んだ『シェイクスピア&カンパニー書店』の感想文を上げるつもりだったのだが、日程がかなり詰まっていたこともあって、まだアップできていない。この次の記事辺りで取り上げようかと思っている。ある意味、あの本のなかにはもの書きの理想や夢が詰まっていた。 

去年の十月に応募した群像提出作品を、身近なひとに読んで貰ったが感想はやはり芳しいものではなかった。完成したとは言い切れないし、物語上の破綻もかなり見受けられた。正直、まだ僕には長編の手綱を取って書き切るちからがないのだと思う。いまのところは、一旦長編に手を付けるのを止めておいて、代わりにもう一度、短い短編づくりからやり直している。年が明けたいま、noteに公開する予定の第二作の制作に取り掛かっている。僕が好きな作家はよくよく考えてみれば短編から中編をメインにする作家が多いので、この機会を大いに活用して、それらの作家達から学ぼうと思っている。サリンジャー、カポーティ、芥川、ドイル……。

 読書と言えば、つい最近、カミュの『異邦人』を読み終えたところ。あの本を読むと、僕は却って気が楽になった。ムルソーが、言いたいことを僕の代わりに思う存分、言ってくれたからだ。気に入った箇所に線を引くようにしたが、最後の数頁で司祭に詰め寄っていくところはひたすら傍線を振るところしかなく、万年筆の青い波線で埋め尽くされた。こんなものを読んでしまうと、僕が物語の中で言えることなんてまったく残されていないように思えたりもするが、それでもやっぱり悪あがきはせずにいられないし、何にも言わずに日々を過ごしつづけること僕にはできないので、タイプする手は止めないでいる。
 

 *

 ここまでの記事文章は、数日前に書いたものだ。実は家庭内の環境があまり集中できるものではなかったので、一旦、Twitterから離れ、今は違う場所を借りてこの文章を打っている。昔から落ち着いて文章を書けるところを探し求めているが、中々これといったところが見つからず悩んでいる。以前はアパートの一室を借りていたのだが、やっぱり住人の生活音が気になってしまい、作業にならないことがよくあった。人目が気にならず、個人的なスペースで執筆ができれば一番だと思っているが、ないものねだりだろうか。以前は作家になりたいという願望があったりしたが、今では小説を書く目的や意味合いも、僕個人の中で変わって来ているので、次回はその辺りのことも含めて書いていきたい。

 結局のところ、僕は未だに世間の底辺で暮らすただのアルバイト生活者で、特殊な事情が二、三あったにしろ、そういうものを含めて折り合いをつける時が来ているんじゃないかと思う。ここまで来たら、僕はいっそこのまま、この底の方から見た景色を伝える役割があるんじゃないかと思っている。もののはじめから、自分ではどうにもならない場所にあった物事、言葉によって処理することもできず、どこにも持って行きようのない暗い感情、日々の生活の中で澱のように沈殿しては底まで沈めていったものを、吐き出さずにはいられなくて、書く。僕はそうやって物語は書かれると思っている。でなかったとしたら、どうして何時間も何十時間も机の前に座ってああでもない、こうでもないとやったりできるのか。そうすることがいままで生きてきた甲斐であって、それぐらいしか僕は慰めになるものを知らない。それが傍から見ればただのお話にしか過ぎないものであったとしても。書くために生きているし、生きるために書いている、虚勢でなんでもなく、胸を張ってそう言える日のために。

いまはすべてがただの嘘のものごとであったとしても。

kazuma

2021/01/24 21:14