カテゴリー
一馬日報(手記) 広報(アナウンス・告知) 文芸活動記録

『前途多難』

僕に未来、なんてものがあるだろうか。

今日は近況報告だけ。しばらくネット上にも現れなくなると思う。理由は簡単だ。現実が厳しすぎるからだ。

いま通っている職場が潰れるのではないかという話が出ている。正確にいえば会社そのものが潰れるわけではないのだが、僕のいる部署そのものがなくなるんじゃないかという話だ。

休憩時間はその話題で持ちきりになっている。僕らのような使いっ走りはいくらでも替えが利くと思われているのだろう。一番お世話になって、仕事の上でも庇ってくれていたひとが退職することが決まった。今までの体制とは丸々変わってしまうようなので、あと三ヶ月か四ヶ月持てば良い方だ。僕はじき仕事を失うだろう。次の道を探さなくてはならない。

正直に言って、僕がいま暮らしている環境は、小説どころの話ではない。もうこれ以上、誰かとやり取りをするのに割く時間も余裕もどこにもない。

明日の仕事がどうなるかも分からない、病の進行はひととのコミュニケーションをさらに難しくしていく、家の中では要介護の祖母がいて、四六時中叫んでいる。今日は朝の五時に叩き起こされて、ばあちゃんが汚していった床をずっと拭いていた。一時間後に掃除が終わって祖母は、弟の名前を呼んで「ありがとう」と言った。祖母の中では「僕」という人間はもう存在していないはずの人間だったらしい。ばあちゃんはもう、僕の知っているばあちゃんではない。

今度は父方の方の祖母のところにも顔を出してくれと言われる。散々僕から時間やら人間関係やら何もかもを奪っておいて、今更それは何なのだろうと思っている。僕には彼らがやろうとしていることがよく分からない。死ぬまで問題を後回しにしているようにしか見えない。

宗教は僕がこの世でいちばん憎んだものだ。そんな文字は見るだけでも吐き気がすると思ったものだ。僕のぜんぶを奪ったものだ。家族どころか、他の人間にさえ、まだ話しかけることが残っているのだろうかと疑問がある。都市の駅前をネクタイを締めて颯爽と歩いていくサラリーマンや、ベビーカーを引いた子連れの母親や、同年代のふざけた格好をして騒ぎ立てては歩いていくひとびとに、僕は耐え難い断絶のようなものを感じる。これ以上、何か話すべきことがまだあるのかと、疑っている。彼らに向かってわかるように話す必要があるのだろうかと。

小説を書いて、これは僕に宛てられたものではないですね、と言われる。十人に聞けば十人全員が僕が書いているものが何なのかさっぱり分からないと言う。そのうちに何人かは怒り始める。こんなわけの分からないものを書くなと、そんなものをひとに読ませるなと。

いま思うと、彼らの言葉も怒りももっともだと思う。僕は最初から自分と自分に似たやつのためだけにしか書いていなかった。同じ苦しみを知っているやつにしか話さなかった。そんなものを送りつけられたり、読まされたりするのは苦痛でしかないだろう。いかに僕に固有の事情(育った環境や病やハンディキャップ、何かを書き付けずにはいられない理由)があろうと、そんなことは一般の読者にはまったく関係のないことなのだ。

駅前の路上でバンドマンが唄っている。ギターを持って、ドラムを持ってきて、時々バイオリンなんかも加わったりする(コロナの前の話)。

道ゆく人の中にはその演奏に足を留めるひとがいるが、そのほとんどは目の前を通り過ぎていく。僕もそうだ。路上でエド・シーランやオアシスやルイス・キャパルディみたいなやつに会うことはない。でも彼らは、街ゆく人々にその声を聴かせようと一生懸命に唄っている。育ってきたバックグラウンドも価値観も家庭環境も仕事も暮らしぶりもまったく違う、完全にランダムにその道を歩いているに過ぎない、不特定多数の連中に向かって臆面なく語りかけるようにギターを弾いている。僕は見向きもせずに通り過ぎていって、その音色もまるで覚えていない、でも彼らが確かにそこで唄っていたということは覚えている。通り過ぎていったあとでまばらな拍手が聞こえる。

翌朝、同じ道を歩いている時に気が付いた。小説を書くと言うのは、いまこの目の前の道を歩いている全く知らない別の人間に向かって無差別に語りかけることなのだと。そのやり方が路上で演奏するという形ではなかっただけで、本来はそういうことなのだと。

だからこれから僕がもし誠実な態度で小説を書きたかったら、取れる道は二つしかない。

ひとつは自分がやっていること、考えていること、経験したものごとが、誰かに理解される可能性は少しもないと思って、ほんとうに自分と、自分に似たやつのためだけに書き続けると言う道。この道を進むのなら、それはヘンリー・ダーガーの進んだ道のように、死ぬまで自分のために書き続けて、書いたものは誰にも一切公表せずに、部屋の押し入れにでも放り込んでおくこと。それがひとに読ませるような類のものではないと、彼にとってもわかっていたのだろう。ある意味でそれは、アウトサイダー・アートを描く人間にとっての誠実な、これ以上ない態度だと思う。ヘンリー・ダーガーの作品は、老後にアパートを引き払うときに家主によって発見されたというが、その時、部屋にあるものはすべて処分してもらって構わない(そこに置かれていた小説も含んでいた)とヘンリーは言ったという。

だから僕がもしこのまま自分と、自分に似た(≒ニアリーイコールで結べる)やつのため「だけ」に書き続けるのなら、直接原稿を手渡しするどころか、ネット上に公開することも、あるいはひとの目に触れる可能性があると考えられるところに作品を置いておくのは、読者に対して「極めて」不誠実な態度なのだ。罵声を浴びせられたってもう文句は言えないだろう。

そもそも小説という形式がはなから要求している最低条件が、それが作者のために書かれたものではなく、その小説を読む可能性があるすべての人間にとって少なくとも理解できる言葉で書かれたものであるということだ(その中身のすべてが実際に理解されるかどうかは問題ではない)。そしてその中身というものが、たとえば、作者固有の経験から来るかなしみであったり、苦しみであったりしたならば、それが作者固有のものでなくなるように、それを物語の中で手放して、誰かにとっても置き換え可能なものになるように工夫を凝らして伝えようとする行為そのものが、僕にとっての小説なのだ。

実際にそれを読んで全員が全員理解できるものでなくともかまわない、サリンジャーの作品を読んでも、サリンジャーの抱えていた当の苦しみそのものが分かるわけではない。戦地に赴いて塹壕の中でものを書き綴っていた人間の気持ちなんて分からないし、分かるなんて言葉を一言でも使ってはいけない。それを言えるのは同じ経験をしたことのある人間だけだ。

でも、ホールデンが湖を見て冬になったらあの家鴨たちはいったいどこへ行くんだろうな、と言ったときの気持ちは、あくまでも僕の中で、何か伝わってくるものがある。サリンジャーが戦地に赴いて死んでいった人間を目の当たりにするときの気持ちは絶対にわからないけれど、そのホールデンがぽんとタクシー運転手に向かってつぶやいたときの気持ちというのは、僕の中にもあるものに思えるのだ。その瞬間に、僕は通じるものがあると感じるのだ。そういうものがあるから、僕は小説にずっと憧れているのだ。自分固有のものを超えていくときに現れる表現を目の当たりにする度に。

ヘンリー・ダーガーのやったことは凄いと思うし、人間としても尊敬に値する生き方だと僕は思っている。何も恥じることなどない。でも仮にその作品を読んだとして、そこに通じるものがあると感じられるかはよくわからない。僕が凄みを感じているのは、ヘンリー・ダーガーそのひとの生き様というか、生きていく上での姿勢(周囲の環境にどれだけ恵まれていなかろうが、一生を通じて、死ぬまでたったひとりで創作を続けた)ところであって、おそらく作品そのものに、ではないだろうと思う。僕がサリンジャーの作品に向かい合った時に感じている憧れとは、まったく別ものなんだと思う。

だから僕は自分の書く世界の中に、他者が読み込むことのできる余白を残しておかなければならないだろうと思う。そうして書かれたものが、はじめて誰かにことばが届く可能性が残された作品になりうるだろうと思うから。

ブログや書房での活動はすると思うけれど、しばらく音信不通になります。僕は僕の人生で手一杯です。直接にやり取りをするというより、作品を書いて表していくことが、僕自身の答えになると思っています。だからしばらく待っていてください。次の作品を書き上げたときに、戻ってきます。

kazuma

カテゴリー
一馬日報(手記) 広報(アナウンス・告知) 文芸活動記録

「今年は……」

 いつの間にか年が明けていた。今更ですが、明けましておめでとう。毎年、ブログには抱負みたいなものを上げていた気がするが、いま思うとよくやっていたなと感じる。もう正月も過ぎちゃっているので、なんとなく今年の文芸活動の展開を考えるくらいでいいかと思う。あんまり気負いすぎたところでなにも叶いはしない。人生はもっとテキトーでいいんだって、『ピーナッツ』の誰かが言っていた気がする(嘘)。言うとしたら、ルーシーとライナスのヴァンペルト姉弟あたりかな。ところで今年最初の本の買い初めは『ピーナッツ全集 一巻』でした。大丈夫かな……僕。まあいいか。こうやって人生は曖昧になっていくのである。

 とりあえず近況報告からはじめる。去年の十二月辺りから更新を止めていた一馬書房の運営を再開した。この時期は毎年なぜか身辺が慌ただしくなり、なぜか(自分のわりには背伸びして)ひとに会いすぎて、体調を崩すということが結構あった。どうやら僕にはひとと会っていられる活動限界みたいなものがあって、大体ひとと一日に二、三時間も接していればもうお腹いっぱいというか、それ以上はよほど親密でもないかぎり無理っぽいようである。人前だと僕はかなりヘンな気の回し方をするので、初対面だろうと、親友だろうと、腐れ縁だろうと、家に帰ったときにはへばってしまう。

 僕がたぶん個人主義者(ぼっち)であるのにはそれなりの理由があって、文芸活動や書房の運営をネット上のやり取りのみで行っているのは、前述のその辺に理由がある。いつか対面での文芸与太話や古本の販売だってやってみたい、と思うときもあるが、結局、柄にもないことをするとあとで痛い目を見るのは分かっているので、リアルではかなり慎重になる。Twitterでもちらりと呟いたけれど、僕はもうこれで十分(good enough)なのであり、八年前の自分と比べれば、よくやっている方だと思う。いまは流行病もあり、時期も時期なので、案外オンラインでのみやり取りするという判断も、そこまで悪いものではなかっただろう。

 というわけで、書房の運営も再開しておりますので、また時々は見にきてやってください。書房から出た利益はすべて文芸活動関連のものに使っています。去年はおかげさまでモノクロプリンターが買えました、納品書の印刷や、完成原稿の印刷にありがたく使わせていただいております。個人アカで時々宣伝していてごめんなさい。もう少しマニアックな、趣味全開の棚にできたらと画策しております。これもオンライン文芸活動のうちなので。お待ちしております。

 いま通っている古本関連の職場は今年で三年目になる。僕にしてはかなり根気よく続いた方だ。どこの馬の骨ともわからん僕みたいなやつを拾ってくれたことに感謝している。学生の頃から筋金入りのぼっちにもちょっとだけ友人ができて、ほんの少しだけ昔よりこころを開けるときがあった。相変わらず、見知らぬひとには全身ハリネズミのように警戒心が解けないけれど。大人になった気はまったくしないが、僕は僕なりにこの八年の時間を過ごしてきたのだ、ぐらいのことは言ってもいいのかもしれない。夢は潰れたけれど、潰れた先にもやっぱり人生があった。僕はこれでいいって、真夜中に暗示みたいに言い聞かせている。枕を敷いて床に就くたび。

 今年は古本関連の活動だけでなく、ランサーズなどでライター関連の仕事ができればいいなと思っている。いまは仕事というほどのものではなく、タスク案件のような作業をやっているが、ちょっとした生活費の足しになればと思う。このあいだ、口座に二千円振り込まれていた(微々たるものです)。本業の古本関係の仕事と、一馬書房の運営、ランサーズの作業案件を進めながら、作品づくりに取り組んでいければ、いまのところはそれでいいかなと。まっとうなコースからは最初から外れているので、とくに今更騒いだところで仕方ない。『人生は、手元に配られたカードで勝負するっきゃないのさ』、いつの世も真理である。

 いまは時世が時世なので、職場があるだけありがたいと考えている。ただ、いつの日かネットの古本業とライター関連の仕事だけで食べていけるようになれたら、あとは執筆のことだけを考えられる生活になればと思う。
 あくまでこれは願望で、甘すぎる認識であることは重々承知しているけれど、言わなかったらはじまらない、ことだま信仰の祝詞だと思って、読み流して貰えればそれで結構です。

 で、肝心の文芸方面の動きを。年をまたぐ前に短編小説をひとつ、noteに上げておいた。noteのアカウントは以前、Twitterを辞めたときにブログと一緒に閉鎖したのだけれど、また再開して作った。とりあえずいまのところは、短編小説置き場になると思う。以前、僕にアドバイスをくれたひとがいて、noteはそういう使い方をする方がよいと助言を貰ったので、その忠告に従っている。

 noteの公開名は、Twitterやこのブログと同じ”kazumawords”だ。今後も、このアカウント名義で活動していきますので、どうぞよろしく。note公開の短編集第一作は『赤い風船、笑うピエロ』です。興味のある方はチェックしてみてください。

 読書した本の感想は、このwords.ブログに上げるつもりでいる。去年の暮れに読んだ『シェイクスピア&カンパニー書店』の感想文を上げるつもりだったのだが、日程がかなり詰まっていたこともあって、まだアップできていない。この次の記事辺りで取り上げようかと思っている。ある意味、あの本のなかにはもの書きの理想や夢が詰まっていた。 

去年の十月に応募した群像提出作品を、身近なひとに読んで貰ったが感想はやはり芳しいものではなかった。完成したとは言い切れないし、物語上の破綻もかなり見受けられた。正直、まだ僕には長編の手綱を取って書き切るちからがないのだと思う。いまのところは、一旦長編に手を付けるのを止めておいて、代わりにもう一度、短い短編づくりからやり直している。年が明けたいま、noteに公開する予定の第二作の制作に取り掛かっている。僕が好きな作家はよくよく考えてみれば短編から中編をメインにする作家が多いので、この機会を大いに活用して、それらの作家達から学ぼうと思っている。サリンジャー、カポーティ、芥川、ドイル……。

 読書と言えば、つい最近、カミュの『異邦人』を読み終えたところ。あの本を読むと、僕は却って気が楽になった。ムルソーが、言いたいことを僕の代わりに思う存分、言ってくれたからだ。気に入った箇所に線を引くようにしたが、最後の数頁で司祭に詰め寄っていくところはひたすら傍線を振るところしかなく、万年筆の青い波線で埋め尽くされた。こんなものを読んでしまうと、僕が物語の中で言えることなんてまったく残されていないように思えたりもするが、それでもやっぱり悪あがきはせずにいられないし、何にも言わずに日々を過ごしつづけること僕にはできないので、タイプする手は止めないでいる。
 

 *

 ここまでの記事文章は、数日前に書いたものだ。実は家庭内の環境があまり集中できるものではなかったので、一旦、Twitterから離れ、今は違う場所を借りてこの文章を打っている。昔から落ち着いて文章を書けるところを探し求めているが、中々これといったところが見つからず悩んでいる。以前はアパートの一室を借りていたのだが、やっぱり住人の生活音が気になってしまい、作業にならないことがよくあった。人目が気にならず、個人的なスペースで執筆ができれば一番だと思っているが、ないものねだりだろうか。以前は作家になりたいという願望があったりしたが、今では小説を書く目的や意味合いも、僕個人の中で変わって来ているので、次回はその辺りのことも含めて書いていきたい。

 結局のところ、僕は未だに世間の底辺で暮らすただのアルバイト生活者で、特殊な事情が二、三あったにしろ、そういうものを含めて折り合いをつける時が来ているんじゃないかと思う。ここまで来たら、僕はいっそこのまま、この底の方から見た景色を伝える役割があるんじゃないかと思っている。もののはじめから、自分ではどうにもならない場所にあった物事、言葉によって処理することもできず、どこにも持って行きようのない暗い感情、日々の生活の中で澱のように沈殿しては底まで沈めていったものを、吐き出さずにはいられなくて、書く。僕はそうやって物語は書かれると思っている。でなかったとしたら、どうして何時間も何十時間も机の前に座ってああでもない、こうでもないとやったりできるのか。そうすることがいままで生きてきた甲斐であって、それぐらいしか僕は慰めになるものを知らない。それが傍から見ればただのお話にしか過ぎないものであったとしても。書くために生きているし、生きるために書いている、虚勢でなんでもなく、胸を張ってそう言える日のために。

いまはすべてがただの嘘のものごとであったとしても。

kazuma

2021/01/24 21:14

カテゴリー
一馬日報(手記) 広報(アナウンス・告知) 文芸活動記録

未来の羅針盤

 こんばんは。kazumaです。そろそろ、これからの僕の方針についてひとつ文章にしてまとめておこうと思う。今回は方向性を探るためのログとして、頭を整理するために書いている。ブログ記事にする以上は、誰かの目に入るわけだから、この文章はそれなりの意思表明として、受け取って貰って構わない。僕は八年前とはスタンスが変わった。生き方も、小説に対する考え方も、食べて行こうとする道も。相変わらず獣道を歩いてはいるけれど、言葉の足跡を辿ることは止めない。たとえどんな道で生きていくことになって、かつて思い描いた小説家という職業からかけ離れることになっても、僕は生き延びてものを書く。それがもの書きだと僕は思っている。遠回りは、悪いことではないと気が付いたから。それが一生ものの、迂回路だったとしても。僕は言葉の渦の中を歩くことを選んだ人間だから。

 ここに来るまでに沢山の障壁があった。いま生きていることがやっぱり不思議だとは思う。もうとうの昔にいなくなっていても可笑しくないよなって思うような場面はいくつもあった。何にも事情を知らない赤の他人が笑うのを僕は見ていた。もしその内側から見える、この景色を眼にしたら、そう笑ってはいられなくなると思う。暗い話はよそう。

 僕はかなり特殊な家庭で育ったし、その辺の事情についてはディビッド・コパフィールド式にはやりたくない。秘密には、ひとに明かせば楽になる類いのものと、明かせば明かすほど更に深い迷宮の中に入り込むものがあって、これは後者だ。僕という人間がどうやって育ってきたかということは、大半の人間にとってはどうでもいいことだ。でも、その他人にとってどうでもいいことこそが、僕にとってはとてつもなく大きな関心事であったりする。そういう秘密は、ひとりで長い時間を掛けて絡まった糸をひとつひとつ解いていくのがいい。そして、もし決してほどけない糸にぶつかってしまったとしたら、それが背負っていく運命なのだろう。それについて誰かが成り代わることはできないし、共有できるものでもない。

 僕はたぶん、負い目のようなものをずっと持っている。どの街中を歩いていたって、誰かがすぐそばにいて話していたって、地に足が着かず、交差点の群衆の間を、ひとりで歩いているような気がする。信号が青になればみんなは渡っていく。僕だけは渡れずに立ち止まって足踏みしている。そういうことが何年も続いた。僕は大学を卒業したあとの初っ端から、まともなルートは一度も通らなかった。皆が当たり前のように受け入れて歩いて行く大通りは、僕には渡れなかった。信号は点滅して、やがて赤になった。その後、溝板を踏み外して、排水溝の下を走り回る鼠のようにじたばたしていた。

 村上春樹の小説に『鼠』という人物がいる。こいつはホットケーキに突然、コカ・コーラをかけて平気な顔をして食べる酔狂な奴だが(何年か前、東京練馬区のちひろ美術館でやっていた『村上春樹とイラストレーター展』の期間限定メニューで、僕も実際に食べてみたが、やはりこんなものを食べられるのは鼠ぐらいしかいないだろうと思った)、鼠は常に主人公である『僕』の相棒であり、影の部分を担っている。二人の行動は基本的に対になっているように思われる。時に彼ら二人は、何の脈略もなく生け垣の電柱にフィアット600のボンネットをぶつけて突っ込んでいったりしているが、『鼠』の行動の起点は夏の日にビールを飲みながら蝉の声を聞いている『弱さ』であって、一方、主人公の『僕』の行動の起点は『弱さ』ではなく、河川敷の茂みに向かって警察官の前でひとりビール缶を投げ込むような『タフ(強)さ』だ。

 僕が大学生になって本格的な読書をはじめた頃、本にやたらと傍線を引いたり、傍点を自分で打ったりしていた時期があった(いま僕は個人のネット古本屋『一馬書房』をやっているので、完全に蔵書にするつもりのもの以外には引かなくなったが、やはりどこか名残惜しい気もする)。僕らの世代では既に村上春樹の小説は大抵のものが既刊になっていて、周りでも読んでいるやつがちらほらいた。ただ気になったフレーズを友人達に訊いてみると、どうも彼らはみな、『タフ』な方のフレーズが気に入っているようで、たとえば、『ノルウェイ』で出てくる先輩の永沢さんの『自分に同情するな』という台詞であったり、あるいは主人公である『僕』の、『何かを持っている奴はいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何かを持てない奴は永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。だからそれに気付いた人間がほんの少しでも強くなろうとするべきなんだ(『風の歌を聴け』より抜粋)』という言葉に共感していたりした。確かに『僕』の中には、芯のようにぶれないものがあって、それが読者にとっては安心し、共感できる倫理的なまっとうさを備えている。僕もあとの台詞の方には確かに線を引いていた。しかし、その線は迷うように細く波打っていた。僕が力強く引いたのはむしろ『鼠』の方の台詞だった。この辺りに何か僕が感じている息苦しさの根源がひとつ、あるような気がしている。

 職場でも、家庭でも、友人との食事や遊びから、SNSのようなネット上のやりとりに至るまで、すべての場において、ポジティブなものが求められすぎているように思う。それがその場にいる相手を不快にさせないための最低限のマナーであるかのように。それで平気で居続けられる人間ならそれでいい。でも、僕はそうじゃなかった。僕は生きることがそんなにポジティブでいられるようなものだと思ったことが一度もない。楽しいときだってもちろんあるが、この言い方は何処かかりそめの、小さな強がりに僕には思える。『僕』の台詞に線を引くのを迷ったのは、人間はほんの少しでも強くなろうとするべきなんだろうか、というところだった。この社会で、現実的に生きていこうとすればそうならざるを得ないのだろう。それがたぶん、大人になるということなんだろう。僕も強がってそんな風に考えて行動しようとすることがあるけれど、何か大事なものを置き忘れているような気がしている。振り返ったら、そこに『鼠』が亡霊のように立っている。彼は結局、その『弱さ』の故に、台所のはりで首を吊る。生き残ったのは背中合わせの『僕』の方で、柱時計の音が鳴って、羊をめぐる冒険は終わる。この社会は、『鼠』のような人間を殺しすぎている。ネガティブなものを、ネガティブのまま受け容れて、吐き出せるような場所が何処にもない。だから、僕は代わりにここでものを書いたり、小説を書いたりすることにしている。人間はそんなに綺麗なものではないと僕は思う。この世に生まれてきている時点で。人間がもし、上澄みだけの、綺麗で明るくて楽しいだけの生き物になったとしたら、その頃に人間はもう、人間ではなくなっていると思う。僕はそんな王国は一生やってこない方に賭ける。僕は何回でもこの人生を終わらせ続けると思う。そして束の間、袖振り合う縁のあったひとと、この世界、なんかつらかったよね、しんどかったよね、って話しながら道が分かれて途切れるところまでは、歩いて行くと思う。それが『鼠』の側の人間の生き方だと思う。『僕』と『鼠』の間を揺れ動いて生きていくのが、人間らしいと思う。

 抽象的な話が続いてしまったので申し訳ないが、最近の近況とこれからの僕の動きについて少し書いておこうと思う。

第六十四回群像新人文学賞に今年も応募。八年目、三度目の挑戦。

 第六十四回群像新人文学賞には予定通り応募した。新作の長編を書き上げるまでに丸一年を執筆に費やし(つかれて何ひとつ書けない日が百日くらいあった)、大学ノートを二冊潰した。原稿用紙換算で二〇一枚分(約七万字)で提出した。例年通りだと、群像の〆は十月三十一日なのだが、今回は提出方法に新たにWeb応募が追加されていて、〆切りは十五日早まる形で、はじめてその形式で応募した。一太郎データ(jtd.)をそのまま受け付けてくれる旨が規定に書いてあって、紙媒体よりもスムーズに応募ができた。とはいえ、〆切り間近に郵便局に駆け込む恒例行事も、好きっちゃ好きではあるが。十月に公募に応募された方々もお疲れ様でした。応募前後にはTwitterに戻ってきていて、普段から言葉をやりとりしているひとにお祝いの言葉をいただいた。公募はお祭りみたいなものだと思っているので、楽しんだもん勝ちである。

 群像に提出した作品は、ほんとうの意味では完成していない。ちょうど区切れるところでピリオドを打ったが、ある意味、カンマの方が近いと思う。まだ回収仕切れていない伏線がいくつかあったし、思い描いていたもうひとつのヤマ場の場面を、僕は描ききってはいない。群像への応募自体は完了しているが、僕はこの中長編の小説をライフワークのひとつとしてやっていこうと思っている。これから半年かけて、追加のエピソード分を加えつつ、推敲を重ねて、電子書籍(KDP)の第四作を発表するつもりだ。群像の紙上での結果発表までに約半年の期間があるので、来年の春以降になるかと思う。

 小説新人賞への公募はこれからも続けるが、僕の中ではもう記念受験という意味合いの方が強い。二十の頃から八年間応募し続けたが、一度も芽が出ることはなかった。でも、僕はそれでいいと思っている。無理に商業の作家を目指す必要があるのか、ずっと自問し続けたが、僕の中で答は出ている。その必要はない、僕はほんとうは商業作家になりたかったんじゃなくて、一生もの書きでいたかっただけなんだと分かったから。自分が文学だと思っていたものが、誰かから見て、ただのお話だと思われてもかまわない。応募原稿がすぐにゴミ箱に投げ入れられ、焼却場へ向かったとしてもかまわない。公募から降りた、負け犬の遠吠えだと言われてもかまわない。僕は自分の時間が終わるそのときまで、書き続ければいいと思っているだけだから。誰かに認められたい気持ちとか、背伸びをした約束や、欲しい生活を手に入れるために、小説があるのではないと、分かったから。そういうもののために僕はものを書きはじめた訳じゃなかった。そうじゃなかった。僕は言えなかった言葉を書き続けるだけだ。

 この一年間の執筆期間もオンライン上でやりとりをしている方々に、今年も助けられた。僕は勝手に文芸仲間だと思っているんだけれど、どうでしょう? Twitterでのリプライやメールのやり取り、当ブログのコメント欄、一馬書房に訪れてくれるひとたちも含めて、見えないところで応援をいただいたことをとても嬉しく思う。しんどいときには気にかけてくださったり、〆切りぎりぎりまで一緒に書いて提出していた方もいた。おかげで今年も作品をひとつ書き上げられた。リアルではあまり小説について話すような仲間もおらず(文芸仲間って一体どこで見つけるんですかね笑)、ぼっちで文芸活動をやっている身としては、とてもありがたいことだ。これからもこの路線でやっていこうと思っているので、どうぞよろしく。

 さて、ライフワークとして中長編の執筆は続けるとして、公募の結果発表までまだ半年あるので、少し自由の身になった。これからは基本のキのところまで、もう一度立ち戻って、短編小説を書きたいと思っている。八年書いても、僕は大して小説のことは知らない。肩の力を抜いて、伸びをして、ほんの少し身軽になって、短編のフラスコの中で実験をしてみたい。気が向いたときにペンを執って、好きなように書くという時間が僕にはどうやら必要みたいだから。以前、ちょっとだけ公開していた時期があったように、出来上がった作品はnoteに上げてもいいんじゃないかと思っている。アカウントも復活させるつもりなので、また順次報告します。

 一馬書房も公募の〆切りの関係で止めていたが、これからすぐに再開させようと思う。とりあえず店だけは来週までに開けておきます。個人運営のゆるゆるネット書店ですが、来たい人は来てみてください。配送はちゃんとしてます笑

 仕事の方は相変わらず同じ職場で続いている。こっちもネット書店の裏方の仕事なので、僕には性に合っているようです。ほんとに最低限度の社会参加という形だけど。新しいもの書きマシン(surface laptop)が欲しくて、もう少し収入が必要なので、前々からやってみたかったライターの仕事もちょっとずつやってみようと思っている。いまの職場に残りつつ、ライターと書房を小さな副業の形でやっていくのが、いまのところベストだと判断した。僕はどんな形でも書くことが仕事になればいいと思っている。

 あと、長編の原稿についてはいまのところ手直し中ですが、もし希望者がいれば、新作原稿のモニターを若干名募集しようかなと思っています。群像に提出した作品で、電子書籍化する予定の作品です。なので、原稿を預けるのは、ある程度の信頼関係がある方(Twitterでのリプライ、DM、メール、及び当ブログなどでやり取りをしたことのある方、もしくは現実上の知り合い)に限らせていただきます。

短編程度(原稿用紙換算50枚以内)のものなら、僕も読み合わせで原稿を交換して、感想をお送りできます。現実にはもう少し先の期間での告知になると思いますが、これも決まり次第、追ってブログにてご報告いたします。気になる方はTwitterアカウント(@kazumawords)もしくは、僕の既存のメールアドレスまでご連絡ください。

 以上、今後のkazumaの方針と動向でした。こんな感じで動いていこうと思ってますので、よろしくです。

 昼のひかりに、夜の月明かりがわかるものか。

 kazuma

 2020/11/08 12:21

 追伸 

 最近になって、ヨルシカというアーティストを知って聴いている。世間的にはかなり流行っているらしいが、流行に疎い僕は知らなかった。気に入って執筆前や、仕事に行く前に掛けている。『雨とカプチーノ』は洒落た小説みたいだなと思った。こういうストーリーのある曲がどうやら僕は好きみたいだ。今度、世話焼きの友人がCDをプレゼントしてくれるらしいので、楽しみにしている。