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今後のkazumawords.comについての覚書

個人ブログかnoteか、それが問題だ。

どうも、もの書きのkazumaです。久しぶりに改まって挨拶をした気がする。最近、ちょっと悩んでいたことがあった。自分の書いた文章をいったいどこにアップするのか、という問題だ。インターネットに数多といるもの書き。ネット上で文芸関連の記事を検索すると、それこそ星の数ほどでてくる。何気なくスクロールしていた画面の中に、突如として彗星のように現れる才能の片鱗を目にすることもあれば、いったいなぜこんな文章が(失礼)評価され、こんなにもひとびとの目に触れるように拡散されているのか、ちょっと不思議な目で見ることもある。

もの書きにとって文章は自分の子どものようなものなので、どこに出すかは、その子の未来にとって重要だ。インターネット上の文芸のプラットフォームは、たぶんいまになってようやく整いつつある、という状況で、一番フラットに見えるのはおそらくnoteだと思う。

総合文芸プラットフォームとして台頭しつつあるnote。画像から僕のnoteクリエイターページに飛べます。フォローお待ちしております。

カクヨムやエブリスタなども登録するだけしてみたが、どうもレーベルの色が濃くでていて、どちらかというとエンタメ寄りのライト文芸が優遇されている印象がある。もちろん、作風が合えばそちらに遠慮なく出せばよいのだろうけど、僕の書いたものはどこに出しても何となく収まりがわるいようで、ここ一年に書いた短編小説はとりあえずnoteに置いている。

noteを覗いてみると、総合的な文芸のプラットフォームとしてかなり台頭してきているように思う。主婦の日常エッセイから、読書レポート、作家志望の文芸記録、たまにあるがちがちの純文学作品に至るまで、プロアマ問わず、フィクションからノンフィクションまで揃い踏みだ。よく言えば何でもある文芸デパートだし、わるく言えば玉石混交ではあるけれど、そのごった煮感を楽しむのもネットの醍醐味のひとつだろう。

とくにTwitterでフォローしたり、フォローされているもの書きの人たちはかなり高い確率でnoteのアカウントを持っていて、そこをメインに活動している方も結構いるようだ。

一応、はじめましてのひとに僕のブログ遍歴を明かしておくと、大学生の頃、ひとりでアパートで過ごす時間の多かった僕は(サークルは一年で辞めたし、あとは授業とバイト漬けだった)、ライブドアの無料ブログで記事を書いたりしていた。はじめてネット上に小説を上げたのはその頃だ。

一応、社会人の年齢になってからは、はてなブログに移ってKDPで電子出版の作品を作りながら三年くらい記事を書いていた。小説ではない文章を書くのも僕はわりと好きで、平気で三時間くらいぶっ続けでやっていてもとくに苦にはならない。好き勝手に書いているところがあるからだと思う。

ただライブドアブログはひとが少なすぎたし(主に僕の文章力のせいで)、はてなの方は、かなり独特の空気感があって、スターを互いに押し合ったり、ブクマされたりするという文化が最後までわからなかった。

それで、もう独自に自前のブログを作った方が早いんじゃないかということで一年前にドメインを取得して、このkazumawords.comを始動させた。

noteが当時からプラットフォームとして出来上がっていたら、最初からそちらを使ったと思う。いまから文芸活動をネット上ですぐにやりたいというひとは、カクヨムやエブリスタの推すライト文芸にこだわらないのであれば、noteはよい選択肢になると思う。

僕ひとりのぼやきでは意味がない

ただ、僕はこのWordPressのブログを作り替えてみようかと考えている。
いままではある意味、僕のぼやきというか雑記がメインになっていて、せっかくきてもらったもの書きのひとに役立つようなサイトにはなっていないんじゃないか。そういう思いがずっとある。

noteは確かにシンプルで洒落ていて、文芸勢にはかなり恵まれたプラットフォームだ。でもやっぱりうちの子はうちの子なので、自分の書いた文章は、自分の手許に置いておきたい気持ちがある。

なので、棲み分けとしては、noteにはこれまで通り短編作品置き場として使いつつ、メインのブログはこちらで。でも、noteにもたまーに顔を出すよ、ぐらいの配分でやっていきたいと思っている。割合で言うと9対1ぐらい。

WordPressの基本的な操作は覚えた(半年かかった)

WordPressの投稿に慣れるまで半年くらい掛かった。どのブログサービスでもそんな感じだったので、そういうものなのだろう。取りあえず基本的な最低限の操作ができるようになったので、いままでのような雑記メインではなくて、文芸をテーマにここでなにかひとつやってみたいなと思っている。

小説の書き方、読み方、一緒に考えながら文芸する

僕が小説を書き始めた頃、小説の書き方について教えてくれるサイトはほとんどなかった。おそらくいまでも納得できるようなものはない。よく言われるのが、書き方はひとから教わるものではない、教わって使えるようなものは実際には使えない、という話だ。それで、時々出会ったひとに聞いてみたりしていると、どうもみんな書き方については自分の持論みたいなものを持っている。どのひとに聞いても何かしら一家言はあって、それは他のひとには適用できないが、『おれは小説についてこう思っている、お前はどうだ?』 聞く人、聞く人、みんなそんな具合なのである。僕はその度に答えに窮して困った。

そのときに思ったのは、僕はやはり僕なりに小説について理解し、それを誰かにきちんと語れるようになるくらいでないと、おそらく自分の小説を書くことはできないんじゃないか、というところに思い当たった。僕なりの小説の地図、あるいはもっと機械的な言い方をすれば個人的なマニュアルのようなものを。

それがないなら僕が作ってしまえばいい。そう思ったのである。

もちろんすべては仮説だし、僕がこう言ったからといって、その通りにすれば誰でも書けるかといったらそういうわけではないけれど。

小さなもの書きの船着場に

僕は十年に近い歳月、二十代のはじめからおわりまでを文芸に振ってなにもつかめなかった奇特な人間だ。ほんとうの意味で参考になるようなことはなにひとつとして言えないかもしれない。でも、もう一度ここから、すべてを白紙にして、書くこと、読むこととはどういうことなのか、そういうことを突き詰めていきたいと思っている。その過程をブログに残しながら、同じように文芸をするひとが、『わたしはこう思いますよ』『僕はこう思うんですが』と言いながら、一緒に歩めるような場になれば、願ってもないことだと思う。もう一回、文芸に十年振ってもいいと思っている。それで駄目ならまた十年だ。僕は他人が思っているよりも相当諦めの悪い人間だ。

近いうちに、このブログをデザインを含めて作り替えたい。原稿の方は十月末の予定にしていたけれどもう少しだけ延びるかもしれない。とりあえず書き進めています。今日はこれで。

21.10.22

kazuma

 

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