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一馬日報(手記) 文芸活動記録

『毎日のルーティンを決めた話』

取りあえず書き出したルーティンを壁に貼ってみた次第。

 こんにちは、kazumaです。まだ文章は打てるらしい。

予期せぬ位置に打たれるピリオド、白内障覚書

 先日、白内障に罹り、左目がかすむようになってしまった。手術をすればこのかすみは取れるらしいが、視力がまだあるので手術をすべきかためらっている。定期検査を受けることになり次回は三ヶ月後の十二月。

 左目で本を読もうとした時に愕然とした。僕が信じてきたものはこんなに脆く、一見関係のないように見える外的な出来事のためにいままでの日常が簡単に消え去るのかと、おののいた。何の意味もなさない読み取り不能な文字の羅列は、文字通りただの染みに過ぎなかった。あれだけ親しんだ言葉の連なりは、僕の全く知らない暗号に変わってしまった。幼児が四六時中手放さないでいたぬいぐるみを、誰か知らない大人に突然取り上げられてしまったときみたいに。

 その瞬間に、僕は思った。無限に書き続けていられると思っていたものはそうではなく、有限で、際限なく読み続けられると思っていたものは、自分以外の何者かによって予期せぬ位置にピリオドを打たれ、本人の意志とは関係なく、いとも簡単に終わるのだと。

思い返してみれば……

 以前の仕事は毎日ほぼ六時間ぶっつづけでパソコンを見ながら作業していた。何らかの負荷が掛かっていたのかもしれない。僕は以前の会社でも辞めるときに何らかの病を患って辞めた。大学の頃は、精神系の病をやり、そのときは両手両腕が塩素系の薬剤に掛かってぼろぼろになっていた。スニーカーのスエード生地に付いた異様な色のシミのことを僕はまだ覚えている。友達には笑われたが僕はちっとも笑わなかった。翌日も僕はその靴を履き続け、ボロボロの手でボールペンを握って授業を受けた。

 昔の友人に、お前は暗くなったと言われ、大人になったあとで街中で指を差して揶揄された。僕はそうやって通り過ぎていく人間たちの顔を、もう決して友人とは認識せずに黙ってやり過ごした。他人の人生を、平気で革靴の底で叩き、踏み潰して歩く人間に話すことなど何もないような気がする。

 病の再燃、アトピーの発症に続き、今度は眼をやってしまった。何だか僕は最低賃金と引き換えに取り返しのつかないものを次から次へと失っていく運命にあるらしい。もうこんな馬鹿げたことは沢山だった。僕は会社という組織の中で生きていくことをやめた。元々、精神疾患のハンデがある中でこれ以上続けていくことは限界に近かった。僕はひとが歩いていく道と同じ道を歩めない種類の人間だった。残されているのは獣道だけだった。

見知らぬ別れ道に入り込む前に

 世の中はいまコロナ一色で、誰にも先は見通せない。職を失い、友達を失い、左目さえある意味では失った中で、いまできることはいまやらなかったら、何かが間に合わないような気がした。

 僕は何となくだけれど、獣道だろうが何だろうがとにかく生き延びて、ライターの仕事なり、古本の仕事なり、つなぎのアルバイトなりを続けて、ひとの目を忍び、この世の端の端の端で、お爺さんになるまでものを書いて生きていくのだと思っていた。事実そうするつもりでいるのだが、問題はそれを現実の方が許すかどうか、まったくもって分からないということだ。

 明日には突然、ものが見えなくなるかもしれない、本を読んだり、文章を書いたりすることができなくなるかもしれない。はたまた市中感染に遭い執筆どころではなくなるかもしれない。金銭面で生活にあえぎ、筆を折るどころか首の骨まで折ってしまうかもしれない。そういう可能性はいま現実にすぐそばにあって、ただ運よくその分かれ道に入っていなかっただけなのだと。

 退職にあたってルーティンを決めた。ひとりで生活していくのなら、集団で生活する以上に規律が必要だ。手順をいちいち考える手間も省けるし、今日は何をすればいいんだっけと迷うこともない。箇条書きで記してみる。

今後毎日行うルーティンについての一考察

・毎朝、6時半から7時半の起床

 朝の時間は執筆にはいちばん貴重な時間なので。毎朝、決まった時刻に起きることがズレてしまったら、簡単に一日のスケジュールは崩壊する。規律のないところに生活は成り立たない。

・起きたら必ず窓を開けて換気

 空気の入れ替えは、感染症対策の意味もあるが、精神面でのメリットが大きい。閉じたままでは空気が淀んでいく。精神面でも停滞していく。外部の音が聞こえて、外の風が入ってくることは、ひとりぼっちの部屋に外と繋がっている現実感を与えてくれる。カンヅメは締切前の作家がやればいい。僕はいやです。

・シャワーを浴び、身支度を整える

 もう書かなくても自明なくらいの習慣になっているけれど。起き抜けは寝癖がひどいので、シャワーを浴びて直すようになったら、かれこれ七年くらい続いてしまった。眠気覚ましの意味合いもある。自分の部屋で過ごすにしてもきちんとした服装を着ることは、執筆する上でもそれなりの意味がある。執筆前の準備というかイニシエーションというか。実は外には着ていかない作家ごっこのジャケットがあるのだけれど、時々誰もいない部屋でこっそり羽織ったりしている。

・wi-fiなどすべての通信機器の電源、接続を落とし、机に向かって執筆開始。

 インターネットを見ながら小説は書けません。大事なことなのでもう一度言います。インターネットを見ながら小説は書けません。自戒です。MacだろうがiPadだろうが、iphoneだろうが、執筆中は一旦、回線ごと闇に葬ってください。少なくとも僕は無理です。通信ごと遮断する袋があるので、小型機器にはそれを使ってます。執筆時の机の上はノートと万年筆、そしてインターネットの概念がないポメラ、以上です。

・執筆後に朝食、プロテインやサプリメント類を摂取。

 単純に朝飯前にしておいた方が集中しやすいので。食後はプロテインなどを取ると書いてますが、とくに現在、体育会系とかそんなことはなく。タンパク質の不足がメンタル面にも影響する可能性があるとかないとか言われてますね。メンタル面をやっているので、僕はドーピングでもしないとおそらくまっとうな連中には勝てません。どんな手を使ってでも不調が回復するならそれでよいと考えています。

・柔軟や自重の筋トレ、散歩〜ジョギング程度の軽度な運動をする。

 執筆時間やパソコン作業の時間が長引けば長引くほど、一日の運動量が減ってしまうので。ちょっとだけでも体を動かしていると、結果的にものを書く体力を作ることにもなっていきます。往年の村上春樹さんみたいにばりばりのランナーではなくとも、自分のペースで動けていたらそれでいいのかなと。

・日中は書房の運営、ライティングの案件を片付ける。

 日中はお仕事です。個人の時間と切り分ける意味もあります。

・書房は一日一冊、ライティングは一日一案件を目標に。

 とりあえず、はじめて何かに取り掛かるときのハードルは低くしてやっていこうと思っています。とはいえ、塵も積もればなんとやら。書房の方は、はじめ思い描いていたサイトに徐々に近づいてきたなと思います。ライティングの方はまだまだこれから。

・必ず一回は外出すること(コンビニ・スーパーの買い出しでも可)

 一日中部屋にこもり続けても、一応生活はできるんですけど、やっぱりロクなことにはならないですね。どれだけ一人が好きでも、一回くらいは外の空気を吸っていると、いい意味で変わってきます。別に執筆のお供のおやつを買いに行くのでもいいですし、人目を忍んで夜中にコンビニまで歩くのもあり。病院へ行くのだって立派な外出ですから。

 何か目的があって出かけるといちいち迷わずに済みます。余裕があればちょっとだけ寄り道して本屋や古本屋へGO、です。あと河川敷はひとが少ないので、僕みたいな人間嫌いにおすすめのスポットです。人混みは可能な限り回避するルートを選びます。

・執筆スペースや書房の本に埃がつかぬようまめに掃除する

これも執筆前の下準備のつもりで。書房の本に関しては、人様への売り物なのでなおさらです。僕がネット書店で働いていた時に目にするクレームで多かったのは本の状態そのものを除けば、本に付着していた異物でした。なるべく、というか、ぜったいにそういうクレームをもらいたくないので、気をつけます。

 大抵、部屋が荒れている時には精神が荒れています。たまに、坂口安吾や「のだめ」みたいな天才肌もいますが、ああいうのは半分フィクションだと思っています。一般人に当てはめて良いものではありません。

・読書はスキマ時間にちびちびと

 以前は通勤電車の行き帰りでよく読んでいました。病院の待合などもいいですね。スマホを触っている人をよく見かけますが、案外その時間で読書ができたりします。僕はラウンドジップ型の全面を覆うタイプのポーチに文庫本を入れて持ち歩いています。文庫タイプのカバーが好きで五、六枚を入れて使いまわしていますね。もっとも青系の色が好きなので似たような色ばかりですが。ちびちびと味わうように読むのがいちばんぜいたくな読み方です。文庫本は日本が生み出した最良の形だと思っています。ペーパーバックのざらしみたいな紙質ともぜんぜん違いますし。

・SNS、スマホアプリ等の過度な利用は控える

 これは僕の悪い癖なんですが、どうも情緒的に不安なときってTwitterなんかだとついつい連投してしまうんですよね。それも長文のやつを何回も。わかっててやってるんなら全然いいんですが、無意識でやっている時は文章を打っているというより、打たされているという感覚に近いんです。それで何か言った気になって、いいねもつけばそれで満足かもしれませんが、実際の原稿がまったく手についていなかったり、日頃のケアを怠って体調を崩してしまうのは本末転倒かなと。

 僕の勝手なイメージですが、Twitterなど外部のSNSを頻繁に駆使して作品の外で論説していくタイプの作家よりも、Twitterなんてまったく使わないか、ほとんどひとことだけ呟くようにして使っている作家の方が何となく信頼できる語り手のように見えるのはなぜでしょう。といってもついつい使っちゃうんですけどね。わかります、僕もそうです。スクリーンタイムを確認して愕然とする前に一時間以内くらいに収めたいところではあります。僕は代わりにブログでぶちまけるようにしました。

・夜間(日中のルーティン終了後)、二回目の執筆時間。

 この時間は何を書いてもいいようにしています。朝に書いた小説のつづきでもいいし、日々のことを綴った個人的な日記でもいい。ブログ記事で好きなことを好きなだけ書くこともありますし、書房にアップするデータを書いていてもいい。なんでもあり。そういう自由度を持たせておくと、モチベーションを保ちやすい気がします。

・20時服薬、22時就寝(但し、筆が乗る場合はこの限りでない)

 僕は毎日服薬している安定剤兼眠剤のような薬があるのですが、これがないと眠れないし、日中も飲み忘れると情緒不安定になります。ただでさえ精神がプディングとか豆腐だとかやわやわにもかかわらず、飲まなかった日には土台ごと揺らいでいく感じです。一瞬、それでも副作用からは解放されるので、一日だけ自由に動きたいだとかそういう最後の切り札的には使えますが、そのあとは早晩確実に潰れてしまうので定まった時間で毎日常用します。

 22時就寝は早すぎる、と思われる方がいるかもしれませんが、精神的な面を考えると無理は禁物で、確かにこれくらいの時間に布団に入っておいた方が翌朝が自由に動けます。脳みそもぎりぎりクリアです。といっても、僕は元々が夜型の執筆タイプでしたし、夜中の三時を回ってあかりがついていることもありました。筆が乗ってきたら、止まらずにいくし、止まるべきでもありません。行ける時にはいきましょう、無理な時は無理せずです。

・就寝時はスマホ等をシャットダウンし、遮断袋に入れて引き出しにしまう。

 入眠時の妨げになるものランキング、不動の第一位なので、さっさと電源を落として寝るのが吉です。人為的に潰せるものは、潰しておきましょう。あとwi-fiとかの通信を落とした時に胸がすっとするのは僕だけですかね。頭の痛みなんかも引くように思えます(なんでだろ、いまだに謎)。

・生きることがつらくなったら以上のことは全で無視して、好きなだけ好きなことをする。

 はい、ここが一番重要です。人生そのものがつらくなったら、毎日のルーティンなんてさっさと放り投げていいんです。そういうときに必要なのは、この世界はしんどいことだらけだとか義務だらけで縛られている、ああいやなことだけれどやらなければいけない、とかそういうことじゃないんです。もっと自分がほんとうにしたかったことをするために生きているという感覚を取り戻すことです。ヤなことばっかりだけど、これは誰が何と言おうと楽しいってことを思い出すことです。

 僕は小さい頃から塾に入れられて、受験勉強に明け暮れていた時期があります。その頃、周りの子供たちはみんな公園を走り回って、フェンスの向こう側のグラウンドでボールを蹴ったりしてなにやら楽しそうでした。教材のテキストでいっぱいの塾のカバンを持ちながらとぼとぼと歩く少年の頃のぼくには、彼らの顔がほんとうに生き生きして見えるんです。受かってから、ボールを蹴ってみたりもしたんですが、やっぱり違うんですね。何度もフェンスに向かって蹴りました。でも僕はその時に、その場所で、みんなと一緒にボールを蹴っていたかったのです。やりたかったことを後に回したら、もうあとはひたすらボタンの掛け違えしか起こらないんです。

 だからもしどんなことでもやりたいことを見つけたとわかったときには、その瞬間をぜったいに逃しちゃいけないんです。それが周りの大人がダメだと言おうが、世間が許さないと言おうが、親が禁止しようが、友人たちが引き止めようが、そういうものを全部ひっくり返してでも、やりたいことのある方向へ進んでいかないと、この人生そのものが前には進んでいくことはおろか、いずれおそかれはやかれその人生を送るひと自身が窒息してしまうように思うんです。だからそういうときには、自分を延命させる措置だと思って、他のことは全部無視して好きなことだけをやる時間をつくりましょう。僕はそれがものを書くことと読むことだと信じていたからここまでやってこれたのでした。

最後の方は駆け足になってしまいましたけれども、以上がルーティンについてのお話、でした。

kazuma

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日常のない男の話

 こんにちは、kazumaです。何と言えばよいか、わからないけれど、いつの間にか今年の夏が終わった。実を言うと、僕はちょうど昨日が退職の日だった。休日に職場から電話が掛かってきて、もう来なくてもいいんだ、と言われた。別にそれは悪い知らせではなく、僕が何かをやらかしたというわけでもなくて、単に会社の上の人間が有給の計算を間違えていて、もう出なくても退職の日の分までそれが使えるからと言うことらしかった。三年半働いて、有給をほとんど使わなかったので、丸一ヶ月分くらい、残っていたらしい。僕は明日の準備でもはじめようかと思っていたところで、お世話になった先輩に礼を言って電話を切った。わりとあっけなく、僕が守ってきたささやかな日常は無くなった。こんなもんか、昔はどうだったっけ、これからどうしようか。そういう一切を投げ出して、フローリングの床に横たわる。カポーティの小説よりもあっさりと現実の幕は閉じる。綺麗な位置に句点が置かれることもなく。

 僕は作家になりたかったが、なれなかった。昔の友人たちの顔は今では遠くかすんでいる。多分、街ですれ違うことがあったとしても、僕は目も合わさず、挨拶もしない。そこに知り合いなど最初からいなかったように振る舞うだろう。学生の頃から連絡を取り合っていた最後の友人とも縁を切った。僕の昔と現在の両方を知っている人間は、もう親類以外にはいない。僕がなぜ変わったのか、誰にも見分けが付かない。鏡に映る自分の眼が、まるで別人のように見える。その瞬間に僕は不意に怖くなって回転式の全身鏡を壁の方へと裏返した。なにに怯えているのかも分からぬまま、壁にできたいくつもの窪みを眺めていた。そのひとつひとつの凹みを見るたびに、手当たり次第に投げつけたものの記憶を、その時の感情を、まざまざと思い出した。その壁と向き合いながら、僕はものを書いている。

最近、ヘッセの『荒野の狼』を読みはじめた。屋根裏部屋に突如として棲みついた不思議な男の話。まだ冒頭くらいで大して進んではいない。荒野の狼、と呼ばれる男は階段に腰掛けて、南洋杉の匂いを嗅いでいた。それは荒野の狼が決して得ることのできない、ささやかな彼女らの日常を、男に思い起こさせるからだった。この平和な時間に、小さな隙間から身を入り込ませて、たとえたった一時間でもその場に身を浸していたいと、男はそう願うのだった。

 読書の時間は通勤時の電車でやっていた。六駅くらいのたった十三分間を繰り返した。いつも降りる一駅前で頁を閉じて、座席の中で目を閉じて思い返した。ホームに降りる頃には、僕は自分が何者であったかも忘れて、そのまま職場のエレベーターの階数ボタンを押していた。どうやったらこの歯車の狂った人生を受け入れることができるのか、わからなかった。昔は、きっといつか、こんな不可解な窪みに入り込んだ人生の意味も、必ずわかるような地点があるのだと思っていた。いまにこの無限につづく繰り返しの日々が、このためにあったのだとわかる瞬間が訪れるのだと、終末論の預言を信じる信者とほとんど同等か、あるいはそれ以上の強度で、信じていた。でも、蓋を開けてみればゴドーなんていつまで経ってもやってこないし、なんなら彼が誰であるかもまるで分かりはしなかったのだ。

 学生の頃に欲しかったものは、働いたお金で大体手に入れた。執筆にまつわるものに関しては、惜しまずに使ったので、もうこれ以上ないくらい、道具は揃っている。でも二十代の貴重な時間をほとんど最低賃金の労働で溝に投げ捨てるような生き方をした。ありとあらゆる人間関係を断ち切った。オフラインの画面でタイプするとき、はじめて僕はそこで息が吸える気がした。僕の歩んできた道は間違いだっただろうか。

 人間不信の感はずっと拭えずにいる。職場を辞めるたびに、もう社会でやっていくことは難しいんじゃないかって毎回思う。作業の内容は好きで続けられるのに、いつも対人面でだめになっていく。ひとりで壁に向かって喋っている方がよほどいい気分だ。ちょうどこんな風に。安定剤と眠剤を口の中で噛み割って眠る。明日はきっと違う日が来るのだ、明後日には来るのだ、来週には来るのだ……、そんな風に錠剤を噛み割り続けて十年が経とうとしている。なんにも変わらなかった。舞台から降りても劇は続いていた。僕にいったい何の役ができるだろう。こんなのはただの道化と同じではないのか。

 十年経ってもだめなら、もう十年やればいいじゃないか。どうせいまはなかったはずの人生を生きているのだから。そういう言葉が、胸の内から聞こえてくる。文章を書いて生きていくということを、最後に試してみてもいいんじゃないか。それが自分の望んだ物語の書き手ということではなかったとしても。

朝から小説を書いて過ごした。昼に書房の本を一冊上げて、ライティングの案件をやり、興味関心のあることはブログに綴る。それですぐに食べていけるわけではないけれど、何もかもを諦めてベルトの革を梁に掛けるよりはよほど気が利いている。もう僕は夜中に河川敷の縁から身を乗り出したり、すべてを呑み込んでしまう化け物のようなあの河の色を見たりしたくないのだ。

ネットを眺めていると、毎日ものを書いている人がいた。辞めた後はそういう生き方をしてもいいかもしれない。それでどこに辿り着くのかは分からないけれど、このまま船が沈んでいくのを待っているよりは、きっといい。

繰り返す日常がなければ、僕らはいとも簡単に狂っちまう生き物だから。

彼は自分の孤立、水中の遊泳、根の喪失をはっきり確信していたから、市民の日常の行動をみると、たとえば、わたしの正確な通勤とか、召使いや電車の車掌の話し方をみていると、時には実際に全く皮肉ぬきで感動することがあった。(略)

しかし、わたしは次第に思い知らされたのだが、彼は実際わたしたちの小さな市民世界を、彼の真空地帯から、異様な荒野の狼の気持で、ほんとに感嘆し、安全確実なものとして、はるかな及びがたいものとして、行くべき道のない故郷、平和として、愛していた。彼はわたしたちの正直な通いの女中に、いつも心からうやうやしく帽子を脱いであいさつした。また、伯母がちょっと彼と話したり、洗濯物のつくろいや外套のとれかかったボタンのことを注意すると、時に注意深く大事そうに耳を傾けた。それはまるで、どこかの隙間からこの小さい平和な世界へ侵入して、ほんの一時間でもそこに住みたいと、いうにいわれぬ絶望的努力をしているかのようだった。

(『荒野の狼』)ヘッセ著 永野藤尾訳 講談社文庫より引用)

21.09.11  

kazuma

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「未来の空想」

新しい執筆の相棒、M1 Macbook Air。ついに未来に来てしまった。

こんにちは、kazumaです。久々の記事投稿だ。

退職が目の前に迫っている、あと一ヶ月ほどで僕はいまのネット書店のバックヤードからいなくなる。特にこれから先にアテがあるわけでもない。辞めたあとは、ライティングと書房と別のアルバイトを見つけて食いつなぐと思う。

作家志望の回想

ものを書き始めたのは十九の頃からだが、それから十年間、合間を縫っては小説を書いてきた。ほとんど文芸関係のことに費やした。悪くはなかった、それなりに文章らしいものは書けるようになってきた。おかげで他のものはみんな溝に捨てた。交友関係も片っ端から切れていった、精神的な病も抱えることになった。それでも僕は歩いてきた道が間違いだったとは大して思ってもいない。こうなるしかないものは、こうなるしかなかったのだ。

最初の五年間はほとんど公募まっしぐらだった。書き続けていればいつかは通るぐらいに思っていた。大学の単位もゼミ授業以外はすべて取り終えていたので、執筆にかけられるだけの十分な時間があった。卒業後は作家になると息巻いてそれがどういうことかもわからずに就職活動さえまともにしなかった。単純に人と話をするのが絶望的なくらい嫌いで、本の活字を読んでいる方が遥かにましだったから。東京の会社でやっていけるタイプじゃない。典型的な、もっともダメな文学部生だ。

卒業後は地元に戻ってスーパーで働いた。朝の六時に起きて、薬の副作用に苦しみながら、文章や本とは全く関係のない仕事をした。僕は一番憧れていたものにもう関われないのだと思いながら、野菜の段ボールの角で手を切って、カーゴに無分別に投げ込まれたその茶色い束を見ていた。あの時に指先から流していた血のことを今でも覚えている。真冬の冷凍倉庫の中で帰ったら小説を書こうと、今日こそはと、そう思いながら自分では全く食べもしない冷凍食品の在庫を震える指で数えていた。

僕が深夜の三時に椅子から転げ落ちて倒れていた頃に、友人たちはそれなりに浮き沈みがありながらも、家庭を手にしたり、いつの間にか父親や母親になっていたり、真っ当な職を得て、ちゃんと暮らしているようだった。ひとり、ふたりと疎遠になった。馬鹿げた夢を見続けているのはどうやら僕だけだったらしい。かつての友人たちはもう、僕の連絡先の中にはない。容易に辿り着くことも彼らにはできないだろう。

書いたものは紙屑だけだ

ちょうど書き始めてから五、六年が経とうとしていたとき、ある人からこんなものは小説でもなんでもないと言われた。それまで、僕は我流でやみくもにものを書いていた。六年もの歳月を、ほとんど手癖だけで書いていたのだ。それまで正面切って、書いたものを切り捨てられたことはなかった。批判する値打ちさえない作品を書いていたから。

その後、僕は文学学校やもの書きのグループを出入りするようになって、リアルの知人たちにも時折、書いた作品を手元に押し付けて(無礼千万かもしれないが)、意見を求めた。返ってくる感想はやはり芳しいものではなかった。じゃあ僕が今まで書いてきたものはいったい何だったのだろう。何かが崩れていくような音がした。目の前の原稿の束が、作家であることの証明ではなく、ただの紙屑へと変わっていった。

その辺りを境にして、僕の誇大妄想でできた奇妙でグロテスクな紙の城に、現実の影が忍び寄ってきた。自分のことを果たして胸を張ってもの書きと言えるのか? このまま文学とは全く関係のないアルバイトを続けながら、肥大化した自意識のカタマリのような文章を延々と打ち続けるのか? それで誰かひとりでも喜んだりするのか? 

当時、僕が書いていた文章について、ほぼ全員が一致して指摘したことがあった。この文章の中には、何もない。形がどれだけ整っていても、空っぽで、そこには他者が存在していない。読んでいて何も感じない。書き手は傲慢で、読者を置き去りにしている。

そういうものを人に読ませるのですか? 時間の無駄ではないですか? あなたは誰のために書いているんですか……。

誰のために書くか? 小説とはなんなのか?

書けば書くほど、誰のために書くかわからなくなった。僕が思い込んでいた小説像と周囲の人間が思う小説像には致命的と言えるほどの乖離があるのではないか。僕は小説についてちっともわかっていなかったと認めざるを得なかった。それがわかるまで、何年の時間を掛けようと、ダメなものはダメなのだ。行き詰まった。

スーパーを退職したあと、次の職に移る前に古物商の資格を取った。本に関わる仕事をどうしても諦めきれなかったからだ。その後、一馬書房を開店してからいまのネット販売の中古書店の会社に入った。

思えば少しずつ僕は諦めていった。思い描いたような作家の生活(そんなものはハナからない)、友人たちのようなまっとうな暮らし(特殊な事情と病を抱えていては望めない)、社会でなにがしかの役割を果たして生きていくこと(世の端っこにぶら下がっているだけでもう精一杯だ)。

誰かが歌っていたことだけど、信じたものは皆メッキが剥がれていく。

僕は十年経っても同じ場所をぐるぐると廻り続けている。皆は何者かになっていくが、僕は一生、何者にもなれない。相変わらず宙ぶらりんの痛々しいダンスを真っ白なノートの上で踊っている。それでもものを書いて生きていく夢を棄て切れなかった。このペン先が描く青い線がいつかふつりと切れてしまわないかと怯えながら。

再読

この前、noteに上げた短編作品の読み直す機会があった。作品としては無視されたり、批判されたりもしたけれど、思ったより悪くなかった。自分で言うのもなんだけれど、思ったより悪くなかった。そのことにちょっとびっくりしている。なんだか言いたかったことに少しずつ近づいていっている気がするのだ。

僕はかつて作家志望で、十年経っても作家になれなかった人間だ。でも、それを嘆く必要はまったくないと思っている。書き続けることだけがものかきであることの必要条件で、それ以外にはなにもいらないのだ。

世の中は段々と、僕みたいなへんくつ人間も、そうでない人にとっても棲みづらいような場所になってきている。声を上げるならいまだと思う、自分の思った方向に進みたいならいまだと思う。そういうタイミングの渦中にいる。選択肢の分かれ目に立っていると思う。

未来について思うこと

僕は言葉で人を助ける手助けがしたい。仕事はネットのライターとして、個人としては小説を書くことで、あるいはkazumawords.のブログやnoteを通して発信することで、僕の言葉で届かなければ、一馬書房の活動で古本を届けることによって。

僕は商業作家にはなれなかったかもしれないけれど、もの書きにはなれたよ、ライターになれたよ、古本屋の店主になれたよ、この十年間もその先も、ものを書くことだけは諦めなかったよ、そんな風に未来で言いたいのだ。

M1 Macを買った話

今からちょうど一週間ほど前に、貯金をはたいてM1 Macを買った。僕はこれまでずっとWindowsを使い続けてきたのだけれど(その理由は以前話した)、ちょうど十年の節目と、退職も重なって、そろそろ僕は新しい方向へと歩き出したかった。大学時代に深夜まで働いていたアルバイトのお金を僕は十年、机の中に残していた。封筒は昔の地方銀行のもので、しわくちゃになった封筒からは旧紙幣が数枚出てきた。亡くなった祖母が贈ってくれた物もあった。少ない給料から毎月一万ほど天引きして、なんとかやりくりして、認定整備品の新古品を十万以内で安く手に入れた。この文章はいま初めてMacで書いている。新しい相棒はsurfaceとギリギリまで迷ったが、これから何年も使っていくことを考えて、人生で初めてMacを選んだ。後悔はない。

あとは書いて生きてくだけだ。周りのものがすべてなくなっていっても、僕の書いたものが残ることはなくとも、かつて会った人びとが遠ざかっていっても、僕はずっと一(はじめ)からこの机の前に座っている。昔、病棟の中でひとりで空想し続けていた頃のように。この檻のような場所から出たら、きっとこんな風に生きるんだと、信じていたことを、僕はいまやろうとしている。

僕にとっての小説

誰も彼もが忘れていった人間の話を僕はしたいのです。あらゆるコミュニティから切り離され、この世のどこにも居場所を求められず、一人ぼっちで街をさまよい、心を閉ざし、慰めになるのはただ空を見上げるような空想ばかり、信じられる人は一人もいない、そういうひとに読んでもらえる話を僕はずっと書きたかった。

kazuma