一馬の手記

「創作について思うこと、少し」

いま僕は六つ目の短編小説の原稿に取り組んでいる。去年の十二月からはじめたライター見習いの仕事は少しずつ板についてきた。ある意味では僕の夢は十年越しに叶った。それは小説家ではなかったけれど、「ものを書いて生きていく」という事実からそう離れたものでもなかった。一般社会で働いているひとに比べたら、僕は半人前で(たぶん半人にも満たないだろう)いつまで経っても、表通りを自信を持った表情で歩く革靴の大人たちのようにはなれなかった。

それなりの事情はあったけれど、そんなものは屁でもないといわんばかりのよく通る大きな声に、僕の小さな言葉はいつも掻き消された。「おれたちにわかるように話せよ」「君、言っていることの意味がわからないんだけど」「なんで書いてんの?」「お前の苦しみなんてわかったからさ、そんなのはどうでもいいんだ。おもしろいことを言えよ」

僕は閉口した。二度と喋ってなんかやるまい。そう思った。

二十歳の僕はどうしていちいち彼らにわかるように喋らなくちゃいけないのか、まったくわからなかった。十九の歳まで僕は閉鎖的な環境のなかで育った。それが二十になった頃には、突然、今度はお前が自分の口で喋れ、と言われた。喋れるわけがなかった。外の世界へ出たとき、喋ることが好きなひとたちばかりで驚いた。自分の秘密をうっかり漏らせば、それだけで人間関係が途絶えることになる僕にとっては誰との会話も苦痛でしかなかった。まともな人間になるには生まれてくる家を変えるところからやり直さなければならなかった。そんなものは土台、無理な話だった。

僕は二十歳の誰もいない地点から、閉ざされた部屋のなかでもう一度人生をはじめなくてはならなかった。そんなことをちっとも考えずに当たり前のように日の当たる社会に出ることができた革靴の大人たちが、僕は当時、心の底から憎らしかった。僕は誰とも付き合わずに、ひとりで生きて、ひとりで死んでいくのだとあの檻のような部屋の中で思っていた。僕はその部屋からいまも出られた試しがない。外へ出て、誰と喋っていても、いつも僕はその檻の中にいるように感じる。そこでさっさと舌でも噛んで何も言わずに死んでしまえばよかったと思うし、そんな部屋に入る前に河に身を投げておけばよかったとも思う。実際に頭を壁に打ちつけさえした。隣の部屋からは誰かのうめき声が聞こえていた、自分の頭からは血が流れていた。これは比喩ではなくて事実だ。僕はそんな場所からでしか人生をやり直せなかった。

同じ場所にいるからといって、そいつが同じ世界に住んでいるとはかぎらない。同じ言葉を使っているからといって、同じことを話しているわけではない。誰かの苦しみには事情があって、それはどんな言葉を使ったとしてもそいつ自身以外にはわからない。ひとの苦しみについてわかるなんて言い出すやつがいたら、お前の苦しみなんて知っているよ、なんてうっかりでもいうやつがいたら、ほんとうにそいつは何にもわかっていないんだ。わかったふりをしているだけなんだ。ただ自分の立っていた場所が運良く大多数の側にあったというだけのことで、正論をふりかざして得意な顔をしている人間が僕は嫌いだった。僕はそういう人間に向かって小説を書く必要があるのか、よくわからなかった。小説の技術的なこととは別に、もの書きである前に僕は人間だから──、そのスタンスに僕の小説の致命的な欠陥はあるらしかった。

誰にでも伝わるようにものを書く必要があるのか? そもそも誰かに伝わったり、言葉でわかるということがありえるのか? わかるということがありえないなら、物語はどうして存在するのか?

はじめは自分のために書いた。誰のためでもなく、ただ自分のためだけに書いた。それはほとんど復讐に近かった。病院の机の上で、ノートが真っ黒になるまで文字を埋めた。文字の上にも文字を重ねた。百均のボールペンと大学ノート、文庫本。あるのはそれだけだった。退院の前に僕は生まれてはじめてひとつのお話を書き上げた。

病院から帰ったあと、僕は作家を目指すようになった。書いた小説のほとんどが独りよがりの独善的な文章と言われた。形は整っていても中身は空疎。読者を馬鹿にしているのか──そんな罵倒が続いた。でも他人をほとんど知らない世界に生きている男が書いた小説の限界なんてそんなもんだった。僕の人生の時間は十九と二十で断絶していたし、僕はまるで十歳の子どもと同じくらいのところからひとと関わることを学ばなくてはならなかった。

自分のために書いては小説にはならない、ただのお話か妄想だと一蹴され、物語の人物のために書いてもまだ駄目だ、話にならないと言われ、自分と似たような経験をしたひとのために書いても、それじゃほとんど自分のために書いているのと同じだ、君が宛てて書いた小説の読者に僕は含まれていない、そんなものを読ませないでくれ、時間の無駄だ。全員が口を揃えて言ったのは、頼むから読者のために書いてくれ、ということだった。

僕に取ることのできる道は二つしかなかった。ひとつはもう誰にも自分の言葉は届かないものだと思って、ヘンリー・ダーガーがやったように、誰かの理解を一切求めずに書き続けること。もうひとつの道は晩年になる以前のサリンジャーのように、気難しいところはあるにせよ、一般の読者にも物語として広く受け取れるように、諦めずに言葉を探し続けること。

僕は人間としてはほとんどヘンリー・ダーガーのような生き方をしていると思う。そうしなければ自分を守ることができないような事情が、ヘンリー・ダーガーにもあったんじゃないかと思う。

だから僕は「目の前の人間のことを無視するような人間、ヘンリー・ダーガーのような人間が君だと分かってたら、僕は話しかけなかった」と言われたとき、ああ、僕はそういう風に見られていたのかと、しばらく口も利けなかった。でも、それは僕の小説が書けないことの核心を、自分の言葉が誰にも届かないことの理由を、何よりもはっきりと突いているように思えた。

僕は自分が知って欲しいと思うことと同じくらい、彼らのことを知ろうとしただろうか。自分が抱えた事情と同じくらい、形はまるで違っているとしても、彼らにも同じように事情があることを一度だって考えたことがあるだろうか。仮に彼らがメジャーで、僕がマイノリティの道を歩いているからといって、僕が彼らよりもずいぶんと社会的な恩恵が得られなかったからといって、ただそれだけの理由で、表通りを歩く人々を非難し、遠ざけ、一方的に憎むことが許されるだろうか。答えはノーだった。ただ歩いた道が違うだけだった。フィッツジェラルドの言葉が脳裏に浮かんだ。

「誰かのことを批判したくなったときにはこう考えるようにするんだよ」「世間のすべてのひとが、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」

僕はフィッツジェラルドほど恵まれた条件を与えられたわけではないと思うけれど、でも誰かを無条件に批判することができるくらいに恵まれなかったわけでもないと思う。この世界に生き延びることができているだけで幸運だった、お前はついていたんだと、もうこの世界にいない死者だったら口を揃えて言うだろう。ギャツビーみたいないいやつほど、いちばん早くに死んでしまう世界だから。僕は生き残った方の卑怯者だったかもしれない。存在しない方のオールド・スポートの片割れだったかもしれない。

なんで僕みたいな人間が生きているんだろうなといまでもずっと不思議に思う。僕に言えることなんてひとつだってあるんだろうかといまでも思う。僕が一生のうちで使える時間をすべて使っても、僕が書いたことはただの骨折り損に終わるかもしれない。物語が何かなんてわからないまま、誰にも言葉が届かないまま筆を折る日が来るかもしれない。僕は壁に向かって誰に話をすればいいか、ときどきわからなくなる。どうやったら伝えられたのか、どうしたら話ができたのか、僕にはずっとわからない。

どうすればモノローグの独り言がダイアローグの物語になるのか、どうして小説が閉じたものではなく、誰にとっても開かれたものでありうるのか、僕はまずペンを置いて、それを知るのでもなく考えるのでもなく、想像しなくてはならなかった。この言葉の向こう側にいる、生身の人間の人生について。僕は誰に向かって話すのか、どうしたらそいつが笑ってくれるのか、まるで花束を渡すみたいに物語を受け取ってもらえるのか、きちんと思い描かなくてはならなかった。それが本当に想像できるようになるまでは、僕はペンを握っちゃいけなかった。僕はすべてを逆の順番でやった。もの書きとしては最初から失格だった。

モノローグがダイアローグになるにはどうすればいいか。相手がきちんと受け止められるような言葉を投げかけることだ。僕が投げたい速度、投げたい方向、投げたい投げ方で投げるんじゃなくて、すくなくとも、受け取る相手に向かって、それを想像して投げなくちゃいけなかった。僕がこうですよ、こうなんですよ、と一方的に決めて伝えるんじゃなくて、相手からも言葉が投げ返せる余地を残して、はじめて言葉は意味のあるものになったんじゃないか。僕は言葉を投げっぱなしで、相手からそれをちっとも受け取ろうとはしなかった。そんなつもりでぶん投げた物語を書いてしまっていたんじゃないかといまになって思う。呆れられても仕方のないことだった。

小説は、僕の、僕から見える、僕だけの世界を描こうとしても小説にはならない。それが小説になるためには、必ず僕じゃなかった方の人間から見た世界が、どうしても必要になる。僕が僕でなければありえなかったように世界を見ることと同じくらい、僕ではないいくつもの世界が、物語を通してきちんと見えるようになっていなくては、物語にはなりえない。そういういくつもの世界が重なり合って見えるから、小説は面白かったのではないかと思う。僕の感じていたこの息苦しさを解放してくれたのではないかと思う。ここで僕が見ている世界だけがすべてじゃないと思わせてくれるからこそ、僕はこの小説の中にある言葉のちからを信じた。

僕は僕自身の世界をいつか破って出ていかなくてはならないと思う。それが言葉によってできるようになることを心の底から願っている。いまでも。

2022.4.7.

kazuma

P.S. SNSはしばらくお休みします。たとえそれが自分に直接向けられたものではなくても、誰かが誰かを批判する言葉を見かけるとうんざりしてしまった。生活していくだけで精一杯なので、当分は原稿と書房とこのブログだけに集中しようと思います。

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